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「何故ここに居るかとの問いには、このように答えましょう」 突然降りかかった非日常的な事象に、どれだけ脳をフル回転させても追いつくことは出来ない。 全く(もっ)て把握ができないでいる私を他所(よそ)に、男はゆっくりと話し始める。 「あなたが死にたいと思ったからです」 「は…?」 「死にたいと、そう思いましたよね?つい数分前にこの場所で。だから来たんです」 「昼間だってそうですよ?そもそもあなた、毎日毎日死にたいと思い過ぎです」 私が死にたいことを、この男は知っていた。 初めから、あの時から知っていたと言う。 「もしかして死神…とか…?」 朝起きてシャワーを浴びて会社へ行く。 帰ったらお酒を飲みながらゲームをして、たまの夜にこんな風にベランダで星を眺めてまた眠る。 そんな何の変哲もない日常を送っている中で、誰が「死神」なんて単語を口に出すと思うだろうか。 毎日数え切れないほどの人間とすれ違う中で、誰が「あなたは死神ですか」と聞くことになると思うだろうか。 ───こんなビッグイベントは、文字通り生まれて初めてだ。 「死神ではありません。あんな(こす)い存在と同じにしないで下さい」 男は眉をひそめ不服そうな表情をして、「コホン」と軽く咳払いをして続ける。 「僕はカウンセラーです」 そう言うと、私の視界いっぱいに白い羽根が舞った。 死神よりもファンタジック。 目の前には、大きな純白の翼を広げ満足気に笑みを浮かべる男。 月明かりに照らされて、その翼は銀色に輝いても見える。 目の前の光景があまりにも美しく非現実的すぎて、つい先程までの恐怖心すら消し飛んでしまう。 「あなたが死にたいと何度も何度も思うから、僕はここへ来ました」 自分をカウンセラーだと言うその男の風貌は、もはや天使だとしか思えなかった。
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