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「僕のことはノアと呼んでください」
「…ノア、」
それが彼の名前らしい。
彼は自分の肩書きをカウンセラーだと言ったが、それにはきちんと理由があった。
架空の世界でしか聞いたことがない話だけれど、どうやら死神は存在しているようで、しかしよく耳にする死神の話とは少し違い、この世界には二種類の死神が存在しているそうだ。
まずひとつは最も一般的な、「死期が近づくと魂を狩りにくる死神」
それからふたつめが、「自殺志願者の魂を狩る死神」
私は、この後者の死神に目をつけられているのだという。
毎日、死にたいと思うばかりでなく其れを言葉にして発し、ここ数年で何度も自殺未遂を行っていた。
そのお陰で自殺志願者の魂を狙う死神が、今にも私の魂を狩りに来ようとしているというのだ。
「自殺志願者の魂を狩るって、悪いことなの?死にたい人は、本当に死にたいから死ぬんでしょ?」
死にたい死にたいと願っていれば、それにあわせた死神が迎えに来てくれるなんて、私に言わせれば願ったり叶ったりだ。
「…それについては非常に難しい問題ですが──」
彼の話によればその死神達は、心の底では死ぬ気がない人間の魂すらも狩ってしまうという。
つまり、私のように毎日死にたいと口癖のように呟き、死にたいと思うことが日課になっているけれど、うっかり生きてしまっている人間に近づき、「死への幻想」を利用して本当の自殺へ導く。
そしてその魂を美味しく頂戴して存在しているのが「自殺志願者の魂を狩る死神」なのだそうだ。
「へぇ…。…じゃぁ私って、本当は死にたくないのかしら」
「それは」
「本当は生きたいくせに、死にたいって言っていた方が楽だからそう言っているだけの、ただのクズ野郎ってことなの?」
自分への戒めのように、説教のように、叱咤のように。
答えてほしい訳ではない。
こんな問いに、何と答えるのが正解なのか私すら分からないのだから。
彼の役割は、私のような人間の「死にたい病」をなんとか和らげて、自殺志願者の死を少しでも減らすことなんだそうだ。
「すごいね、偽善の塊のような仕事だ」
憎まれ口しか叩けない私に、彼は何も言わない。
私はまるで、ずっと見たくなくて蓋をしていた情けない自分を見せつけられているようだ。
「……」
嗚呼、なんだか、泣けてくる。
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