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そのおじさんは自転車が大好きでした。
晴れの日も、風の日も、雨の日も、近くに行くにも、遠くに行くにも、自転車を使いました。
手入れや修理も自分でできます。
タイヤがパンクしたら交換し、車体が錆びたらヤスリで磨きました。
おじさんは、この自転車の名前を「マイケル」と名付けました。
おじさんがマイケルを使い続けて3年たったある日、サドルが破けてしまったので、おじさんはホームセンターに行き、新しいサドルに付け替えました。
また元どおり使えるようになったマイケルを見て、おじさんは大喜びしました。
「いつもありがとう、これからもよろしくね、マイケル」
4年経ったある日、ブレーキバーが壊れてしまったので、おじさんはホームセンターへ行き、新しいブレーキバーに変えました。
また元どおりに使えるようになったマイケルを見て、おじさんは大喜びしました。
「いつもありがとう、これからもよろしくね、マイケル」
5年経ったある日、チェーンが錆びて使えなくなってしまったので、おじさんはホームセンターへ行き、新しいチェーンと取り替えました。
また元どおりに使えるようになったマイケルを見て、おじさんは大喜びしました。
「いつもありがとう、これからもよろしくね、マイケル」
おじさんには、仲良しの姪っ子がいました。
姪っ子は、ときどきマイケルを借りてお出かけしており、乗り心地をとても気に入っていました。
それはそうと、姪っ子には気になることが一つありました。
「ねえおじさん、マイケルは、いつまでマイケルなの?」
姪っ子はおじさんに訊いてみました。おじさんに付き添って、マイケルの新しいチューブを買いにホームセンターに行った時のことです。
古くなった部品がどんどん付け替えられて行くので、マイケルは年月がたつうちに買った時の姿とはかけ離れたものになって行きました。
部品がどんどん変わっても、マイケルはマイケルのままなのでしょうか。
おじさんは、少し考えて、おじさんなりの答えを姪っ子に伝えました。
おじさんの答えは、とても短くて、でもすごく難しくて、姪っ子にはその意味がよくわかりませんでした。
ですので、姪っ子はその日のお風呂の時間に一人でじーっと考えてみました。
でも、やっぱりわからなかったので、姪っ子は諦めることにしました。
※ ※ ※
おじさんがマイケルと出会ってから10年が経ち、足腰が弱くなったおじさんは、自転車に乗る代わりに杖をついて歩くようになりました。
おじさんが乗らなくなったマイケルは、今は姪っ子のものになっていました。
この頃には、マイケルには買った時の部品はほとんど残っていませんでした。
それでも、姪っ子はマイケルをマイケルと呼びました。
——マイケルを立ち漕ぎして学校への坂道をのぼりながら、姪っ子はふと昔のことを思い出しました。
ホームセンターの帰りにおじさんにした質問。
「ねえおじさん、マイケルは、いつまでマイケルなの?」
とても短くて、すごく難しいおじさんの言葉の意味を、姪っ子は今はわかったような気がしていました。
「だれもマイケルのことを『マイケル』と呼ばなくなったとき、じゃあないかな」
駐輪場にマイケルを止め、鍵を閉めた姪っ子は、大好きなつぎはぎの自転車に向かってこう言いました。
「いつもありがとう、これからもよろしくね、マイケル」
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