第13話:赤と青の共同戦線

1/1
前へ
/36ページ
次へ

第13話:赤と青の共同戦線

「さぁここですよ」  ソウが立ち止まったのは普通の公園だった。  海翔の家からは少し離れてはいるが子供の頃に何回か来たことはある。  ソウに連れられ公園に入っていく。  そこにはベンチに座っている女の子が一人いるだけで他は誰もいなかった。  その女の子もこちらに気づいたらしい。こちらに歩いてくる。 「や、こんばんは。中川君。夜は冷えるね」  詩織は大袈裟に肩を抱き、ブルブルと体を震わせた。  開いた口が塞がらないとはこの事だろう。 (なんで遠藤さんがこんな所に? 散歩かなんかしてる最中に偶然?) 「ええ……と。どういう事かな?」  結論は既に出ていた。  しかしその結論を受け入れたくはなくて、微かな希望に賭けて聞いてみる。 「どういう事か、君が一番わかっているんじゃないかな」 「まさか……君は」  驚きの余り言葉が出ない。  夕方別れてから詩織と会う時が待ち遠しかった。  しかしこんな形での再会は望んではいなかった。 「そう、君の予想通り。改めまして、ソウの契約者の遠藤詩織です。よろしくね」  詩織はパチッとウインクをする。  普段の海翔だったら、そのあざとい仕草にドキドキもさせられる所であるが、今はそれどころではない。 「いつから?」 「だいたい一週間くらい前かな」 「何で?」 「誰だって叶えたい願いの一つや二つあるんじゃない?」  頭が追い付かない。  今まで普通に接していた友人が知らないうちに自分と同じ普通じゃない世界に身を置いていたのだ。  慌てるなという方が無理があるだろう。 「まぁ普通はびっくりするよね」  と詩織は笑う。  詩織にとっては既に天使がいるという世界こそが日常になっているのだと思うと、海翔は心臓が締め付けられるような感じがした。 「まぁ聞きたいことはあると思うけど、まずはさっきの事を話しといた方がいいんじゃない?」  詩織はそう言ってソウに視線をやる。 「さっきの男が誰かは分かりませんがあの男に協力している天使なら見当がついていますよ」 「……ラインか」  クロウが後ろからボソッと呟いた。 「ええ、恐らく。あれはスナイパーライフルの銃弾でした。そんなのを扱えるのはラインくらいでしょうね」 「ライン?」  初めて聞いた名前だ。  海翔は名前を復唱しながらクロウを見る。 「黒の天使で、武器は銃火器全般。見た目はガキなんだが、姑息な手を使う卑怯な奴だ」  卑怯さならクロウも負けていないだろうと海翔は思ったが、すんでの所で口をつぐむ。 「そのラインなんですが、恐らく近いうちに向こうからお誘いがくるでしょう。彼は自分のテリトリーに誘い込んで相手を倒すタイプですから」 「わざわざ、その誘いに応じるの?」  詩織がソウに聞く。  当然の疑問だ。  呼ばれたからってありがたがって行ったら相手の思う壺だろう。 「普通はそう思うでしょうね。ですが今回は応じるしかないのですよ」 「なんで?」と聞こうとしたらすかさずクロウが回答を挟んでくる。 「カードの奪い合いってルール上、いつかは奴のテリトリーに飛び込まないといけない。それを分かってるから奴はいつまでも待ち続ける。だから罠と分かっていても行くしかないって訳だ」  カードの奪い合いならこちらから出向かなくても、来る者を一人ずつ倒していくという方が効率がいいのかもしれない。それもクロウの様にズィルバーや他の天使のゴルトを武器として使用しない天使ならなおさらだ。 「そこで、中川君、クロウに提案があるんだけれど」  詩織が海翔、クロウの名前を呼びながら順番に視線をやる。 「提案?」 「ええ」と詩織はうなずく。 「容易周到で待ち構えている敵に一人で向かうんじゃ相手の思い通りになってしまう。だからここは、協力しない?」 「協力?」  敵のホームに攻撃をしかけるのだから、仲間を増やすのは悪い手ではないだろう。  海翔はクロウの反応をうかがおうと顔を向ける。 「断る」  クロウは即答で断り、そっぽを向く。 「ま、まぁ話だけでも聞いてみようよ」  海翔がさとしてもクロウは全く折れる様子がない。  こうなる事を予想してしていたのか、詩織がクロウの前に立ち顔を覗き込む。 「この戦いは決して楽じゃない。それはマカイズ戦で分かったはずだよ。だからこそ一人よりも二人の方がいい。今回なんか特にね。そう思わない?」 「カードの配分はどうすんだ」 「金銀共に全てあなた達に譲るわ」 「あ? どういう事だ。お前らの利点がねえじゃねえか」 「利点ならあるよ。一つは毎回有利に戦況を運べること。二対一だもの当然よね。それに私たちの目的はゴルトを集める事だからね。ならチマチマせずに、まとめて回収した方が効率が良いと思わない?」  チマチマ集めないで済む。  それはつまり最後最後に全部クロウから取った方が効率がいいって事を言っているのだろう。  それをクロウも分かっているのか、大きく舌打ちをする。 「そう思うのは結構だが、俺がお前たちの背中を襲うって可能性もあるぜ?」 「それなら大丈夫。ソウからあなたはそんな事しないって聞いてるし、それにそんな事したら中川君はどう思うかな」  詩織はチラッと海翔の方を見て言った。  クロウは言い伏せられて悔しそうな顔をしている。 「いいだろう、乗ってやる。だが約束しろよ、カードは全て寄こす事。あとは情報もな」 「いいよ、約束する。交渉成立だね。よろしく、クロウ、海翔君」  クロウは嫌そうな顔をしながら詩織の手を取る。  そしてその手は次に海翔へ向けられる。 「こちらこそよろしく、遠藤さん」  握手をしようと手を伸ばすも詩織はスッと手を避ける。 「遠藤さん?」  笑顔が怖い。一体どういう事だろうか。 「ええと……」と海翔が戸惑っていると、ソウが近づいてきて耳打ちをしてくる。 「詩織は名前で呼んで欲しいのですよ。海翔」 「名前で? 何で」 「さぁ?」と肩をすくめながらソウはまた詩織の後ろに戻った。  よく分からないが名前で呼べというのなら呼ばせてもらう事にしよう。 「よろしくね、詩織」 「うん、よろしくね」  今度は固く握手をすることができた。クロウは無理やりソウに握手をさせられていた。  夜も遅いので今日はひとまず帰宅し、明日また落ち合う事にした。  その帰り道、クロウはムスッとしながら不機嫌そうに歩いている。 「やっぱ嫌だった? 手を組むの」  クロウはこちらを見ることも無く返事をした。 「いや、手を組む方が正解だろうな。ただ俺はあいつらの手のひらで転がされてたのが気に食わないだけだ」  なんとまぁ気難しい性格なんだ。 「そっか。でも一人でやるより二人の方が絶対効率は良いよ」 「……そうだな」  なんだかクロウは未だに納得がいっていない様子だ。  全くプライドの高い奴だ。  だが海翔はこの面倒臭さに何故だか謎の懐かしさを感じていた。  これまで一度も会った事が無いはずなのに昔どこかで会った事があるような感じ。  まぁ分からないという事は知らないという事だ。  ならばいくら考えても答えは出ないだろう。  海翔は分からない事はあまり考えない様にしている。  ぼんやりと月明かりに照らされながら歩く。  帰り道は堕天使も、いかつい男性も現れなかった。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加