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第8話:死神の最期は天使らしく
湊孝輔の家は海翔の家から徒歩で約三十分という場所にあった。
世間を騒がしている連続殺人犯がこんなにも近くに住んでいたとは驚いたが、まぁ灯台下暗しという事だろうか。
「よし、着いたな」
クロウが一軒の家の前で立ち止まった。
ごく一般的な二階建ての一軒家。
当たり前だが何か異臭が漂ってきたりはしていない。
「行くぞ」と言ってクロウがドアに手をかける。
「ちょ、ちょっと待って、クロウ! そんな真正面から行くの?」
もしかしたら敵が罠を仕掛けているのかもしれないのに、そんな真正面から突入したら危険だろう。
引き留めようと慌ててクロウの腕を掴んだらクロウはとても嫌そうな顔をした。
「あぁ? じゃあどうすんだよ。こんな家裏口なんてねぇぞ」
「いや、まぁそうなんだけど……」
なんというか、こう、もうちょっと慎重にとか、ないのだろうか。
だがチラッと周囲を見渡しても、ブロック塀に囲まれていて、他に入り口らしい所も無かった。
「分かったならたったと行くぞ」
フンと息巻いてクロウはドアを開ける。
不用心なのか習慣なのか、鍵は掛かっておらずドアは少しの抵抗もなく開いた。
クロウに続き海翔も靴を脱ぎ家に上がる。
「おい、何やってんだ海翔。てめえは裸足で敵と戦う気か?」
「え、いやだって人様の家に上がる訳だし」
敵の可能性があるとはいえ人さまの家に上がるのだ。
靴くらい脱いで当然だろう。
しかし、海翔の言葉を聞いてクロウは呆れ半分、小バカ半分といった表情を浮かべた。
「馬鹿な事言うんじゃねえ。いいから靴は履いてろ」
渋々海翔は靴を履いたまま家に上がった。
土足で家の中を歩くなんて初めてだからどうも落ち着かない。
いや、そもそも敵地で落ち着いてる方がおかしいのだが。
玄関から廊下を歩いて左側にあったドアを開ける。
その部屋は対面式のキッチンが設置されている、今風のおしゃれな感じのリビングだった。
海翔とクロウは手分けしてこのリビングを調査したが、特にめぼしい情報は得られなかった。
だが、海翔は何というか生活感が無い家だと思った。
何故なら、冷蔵庫にはほとんど食材は入っていなかったし、シンクは暫く使われた様子が無い。
そしてごみ箱にはスーパーやコンビニのお惣菜が入っていたであろうゴミ。
昨日、青の天使――ソウから聞いた情報によれば、四人家族だったはずだ。
それなのに、このリビングからは四人家族が住んでいるとは到底想像できなかった。
なんというか謎がまた謎を生むって感じだ。
「おい、次行くぞ」
クロウが部屋を出て行ったので慌てて付いていく。
クロウは既に次の部屋に入っていた。
廊下を出て右側、そこは脱衣所だった。
という事は奥は風呂場だろう。
「ちょっと待ってよ、クロウ」
風呂場のドアを開け中に入ろうとしているクロウに小走りで近づいて行く。
「ちょっと待て、海翔。お前グロいのとかは平気か」
クロウがいつになく真剣そうな表情で言った。
「え? まぁ人並みには」
海翔は以前、慎吾に連れられ映画に行ったことがある。
その時見た映画はSF物で、ウイルスとか戦争とか、かなり攻めた内容でそういうシーンが多かった映画だった。
隣で慎吾はキャーキャー言ってたが海翔は平気だったので特に苦手という訳ではないと思う。
だがどうしてそんな質問を急にしてきたのだろう。
不思議に思いながら、クロウの陰から風呂場をのぞき込む。
「え……!?」
飛び込んできたのは辺り一面に広がる真っ赤な世界。
(これは何だ? 絵の具?)
目の前の光景が非現実的すぎて、その赤色が血によるものであると理解するまで暫く時間がかかった。
そもそもここまで大量の血を見た事無かったし、何よりも信じたくなかったのかもしれない。
日常の中にとつぜん飛び込んできた非日常を。
おそるおそる浴槽の方に視線を向ける。
そこにはバラバラに分解された人体のあちこちと、半身浴ができそうな程の血液。
眩暈がしてきた。猛烈な吐き気が襲ってきたが、腹に力を込めギリギリで耐える。
「だから言っただろ。グロいのは平気かって」
クロウはそう言って浴室のドアを閉める。
「ごめん、ありがとうクロウ」
不謹慎であるかもしれないが、グロさで言うなら映画の方が圧倒的にグロかったし、気持ち悪かった。
だが映画と決定的に違う点がいくつかある。
匂い、そしてここで実際に人が殺されたのだという事が容易に想像できる証拠。
さっきから視界はチラつき、頭痛がひどい。
「ぱっと見だが二、三人ってとこか。どうやらあいつの情報は確かだったらしいな。全く、気に入らないが」
あいつ、きっとソウの事だろう。
ますますあの天使はどうやってこんな事調べたのだろうか。
「やれやれ、その部屋を見られちゃったらもう君たちを返す訳にはいかないね」
とつぜん、部屋の外から声がした。
振り向くと男が立っていた。笑顔が素敵な好青年だ。
もし町で出会えばモデルに間違えられるのではないかという容姿端麗の青年。
「おい、てめえがこれをやったのか?」
クロウが浴室を指さしながら青年に聞いた。
「ああ、それ? 父さん、母さんそして弟だよ。三人とも解体したらえらく小さくなっちゃったんだよね」
青年が悪びれる事も無く言い放った。
この好青年が連続猟奇殺人事件の犯人だったとは誰も予想できなかっただろう。
「ああそうか。もう一つ聞くがお前が湊孝輔で間違いないな」
「そうだよ。それがどうかしたのかい? それじゃ、そろそろ殺されてくれるかな!」
孝輔が包丁を片手にこちらに近づいてくる。
「いや一応確認を、ってな。それなら遠慮なくやれそうだ!」
言い終えたのちクロウが孝輔に殴りかかる。
しかし、クロウの攻撃は突然現れたマカイズに防がれてしまった。
「あたしの契約者の家まで襲撃してくるなんて、少々ねちっこすぎるじゃないのかい?」
マカイズはクロウの拳を受け止めた鎌に力を入れたまま言った。
「あ? お前よりはマシだ。それよりお前に合うサイコ野郎が見つかってよかったな。まぁそいつとも今日で会えなくなるんだがなぁ!」
クロウは後方に数歩ステップして下がった。
「はっ、冗談じゃない。それはあんたの方さ。行くよ孝輔、ここではあたしらが不利だ!」
マカイズはそう言うと孝輔を片腕に抱き、リビングの窓を突き破り外に飛んで行ってしまった。
「おい、待ちやがれ! 海翔!」
クロウは一瞬だけ海翔に視線を向け、その後マカイズを追って外に出て行った。
「全く、こっちの気にもなって欲しいね……!」
海翔は急いでホルダーを出現させ、剣を召喚した。
クロウたちが突き破った窓から外を見ると、剣と鎌がぶつかり合っている。
どうやらギリギリで間に合ったらしい。
海翔は少し胸をホッと撫でおろし玄関から外に出た。
外に出ると戦場は、地上から空中に移動していた。
空中で激しく両者の武器がぶつかり合い火花を散らしている。
少しずつだが、クロウが押しているように見える。
やはり純粋な戦闘スキルはクロウの方が上なのだろう。
幾度目かのぶつかりで剣が遂に折れてしまった。
マカイズはチャンスとばかりにクロウに猛攻撃を仕掛ける。
剣で受けることができないクロウは少し苦しそうだったが、全て紙一重で避けている。
そして、マカイズが大振りした隙に距離を取り、海翔に睨みつけるような視線を送ってきた。
新しいのを寄こせという事だろう、剣をまた召喚する。
「はっ! 条件が同じになった瞬間ここまで差がつくとはな」
「チッ。その減らず口、ちょっとは減らしたらどうだい!」
さらに空中のドッグファイトは加速していく。
マカイズは何度かクロウの剣を砕く事は出来たが瞬時に召喚される新しい剣に手を焼かされていた。
マカイズは徐々に追い詰められていき、そして遂にクロウの蹴りを真正面から受けてしまい地面にたたき落されてしまった。
姿が見えなくなる程の砂埃が舞う。
「やったの?」
滑らかに地面へ降りて来たクロウに聞いた。
「さぁな」
クロウはそう言うとゆっくりと砂埃の中心へと近づいて行く。
しかしその瞬間、猛スピードでマカイズが真っすぐ突進してきた。
クロウを通り越し海翔の方へ。
「しまった! 海翔逃げろ!」
クロウも慌てて海翔の方へ向かってくるが間に合わないだろう。
「契約者を殺せばこっちのもんだよ! 死にな!」
マカイズがスピードを緩めることなく突っ込んでくる。
クロウは間に合わない。
このまま、何もしなければ海翔は死ぬだろう。
じゃあどうすればいい?
どうすればこの状況を打破できる?
海翔の脳に何通りかのプランが浮かぶ。
だがどれもダメ。考えるまでもないプランだ。
しかし、その時クロウの姿が脳裏に浮かんだ。
そうか、始めから分かっていたのだ。
考えるまでもない。生き残るにはこの手しかなかったのだ。
避けることが出来ないならば、選択肢は一つだ。
方法が分かったのなら後は実行するだけだ。
海翔は静かに唱えた。
「カードインストール、シールド」
海翔の前に出現した盾は、マカイズの攻撃をすんでの所で守った。
マカイズの奇襲に海翔が対応してくるとは夢にも思わなかったのだろう。
マカイズは目を見開き驚いている。なんで。とでも言いたげな表情だ。
「チッとはやるじゃないか。褒めてやるよ、海翔!」
クロウが呆気に取られているマカイズの背中に剣を突き刺した。
「グッ、カハッ!」
マカイズは血を吐きそのまま倒れこみそうになったが、鎌を杖代わりにしてなんとか片膝立ちの姿勢を維持する。
「く、クロウ……。アンタやっぱり容赦ないね。少しくらいは躊躇って欲しかったもんだ」
マカイズの声は震えていた。
声を出すだけで精一杯といった感じ。
いつの間にかマカイズの身体は淡い光に包まれていた。
紫に輝く光の粒子が天に昇っていく。
「当たり前だ。お前らを全員殺して俺が神になるんだからな」
クロウは眉一つ表情を変えず答える。
「ふ、そうかい。あたしを倒したんだ。無様な負け方したら許さないからね」
言い終えるとマカイズは光の粒子となり消えて行った。
最後は恨みつらみを全く感じさせない、まるで弟を見るような暖かい笑顔だった。
「勝ったね、クロウ」
「当たり前だ」
クロウが宙に浮いている鎌が描かれたゴルトカードを海翔に手渡す。
それを受け取ると、ゴルトカードはカードホルダーの一ページ目に収納された。
「さ、海翔。仕上げだ」
クロウが海翔に背を向け歩き出す。
暫く歩きクロウが立ち止まったのは孝輔の前だった。
マカイズが負けたのがショックだったのか、呆然と座りこんでしまっている。
「仕上げって?」
「こいつを始末する」
孝輔が突如自分に向けられた殺意にギョッとしている。
「もうマカイズは倒したんだ。別にこの人を殺す必要はないんじゃない?」
「マカイズは倒したが、こいつがまた別の天使と契約する可能性がある。そうなったら面倒だからな。始末しておいた方がいい」
そういう事なら仕方ない。
海翔はそう思った自分に、案外冷たいんだな、と自嘲気味に笑った。
「そっか。じゃあちょっとだけこの人に聞きたい事があるんだけどいいかな」
クロウは顎だけで肯定の返事をした。
クロウの横に並び、孝輔の前に立つ。
「あなたはなぜ殺人という狂気に落ちたんですか? しかもバラバラ殺人なんて」
海翔は気になっていた疑問を孝輔にぶつけた。
孝輔は見た目や話し方は好青年に見える。
ほとんどの人がまさかこの人が殺人なんてする訳ないと思うだろう。
だからこそ気になった。なぜそんな凶行に走ってしまったのかを。
「ああ、簡単な話だよ。人間の三大欲求って知ってるだろ?」
食欲、性欲、睡眠欲。
人間はこの三大欲求が一つでも欠けると生きてはいけない。
生きていく為に絶対必要な欲求。
「俺はね、この三大欲求だけではなくもう一つ欠くことのできない欲求があるんだ。君にだって一つや二つあるだろう? それが俺は命を奪う事だっただけさ」
孝輔は自分の欲求について語り始めた。
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