11人が本棚に入れています
本棚に追加
第9話:狂人の独白
俺が初めてこの欲求に気づいたのは五歳の頃だった。
友達と公園でかくれんぼをしていて、俺は茂みの裏に隠れていた。
友達が俺を探して走り回っている時、俺は何となく花に目をやった。
そこには一匹のとても美しい蝶が止まっていた。
近くにいる俺を気にするでもなく、優雅に花の蜜を吸うその姿に俺は釘付けになった。
いつまでもこの姿を見ていたい。俺はそう思った。
だが、それと同時にこの優雅な姿を誰でもない、この俺が壊してやりたいとも思った。
その瞬間俺はその蝶の羽を引きちぎり、体を拳で握りつぶした。
あの時のブニッとした感触と、指先にべったり付いた体液は今でも鮮明に思い出せる。
さっきまで空を優雅に飛んでいた蝶が俺の手でその人生を終えた。
こんな快感は今まで経験したことがなかった。その時俺は初めて気づいた。
俺には生き物を殺したいという欲求があると。
そしてそれは食欲と同じように欠くことができないものであると。
そこからは俺は様々な生き物を殺してきた。
両親の実家がある田舎に行った時はキツネとかイノシシとかを罠で捕まえて殺した。
ここまで聞いて、死体はどうしていたのかと疑問に思ったんじゃないか?
適当にほったらかしにしてたんじゃないかってね。
普通はそうだろう。死体を触るのは気分が悪いからね。
だが俺は殺したらそのまま死体を放っておくわけじゃない。
俺は手をかけた生き物達は絶対に墓を作って供養する。
誰だって食事を終えたらごちそうさまでした、と言うだろう。
俺にとって生き物を殺し、埋葬するのはそれと同じなのだ。
そしてこの欲求はどんどん加速していった。
そして遂にその欲求はヒトにまで及んだ。
ヒトに手をかけたらもう終わりだ。絶対に戻れなくなる。
そんな事は頭では分かっている。
もう抑えきれない。
どうすればこの欲求を解放できる?
殺したい。
殺したい。
何でもいい。
誰でもいい。
「あ゛ぁ゛……ヒトを殺したい」
ここまで強い欲求なのだ。
それが間違いのはずがない。
これから始まる快楽の宴を想像するだけで、笑いが止まらない。
始めてテーマパークに連れて行ってもらう日の朝の様なワクワク感で、胸を躍らせながら一階に降りると、風呂場からシャワーを浴びる音がした。
風呂場のドアを開けると母親が立っていて……。
その時覚えているのはこれまで感じた事のない幸福感と、目の前に転がっている血だらけの母親を見てどう片付けようかと思ったことだった。
野生動物と違ってヒトの片づけは骨が折れる。
その後、様子を見に来た父親と弟も同じ方法で殺した。
あの時の二人の驚愕の表情は今思い出しても笑いがこみあげてくる。
処理に困ったので処分する場所が決まるまで死体は、ばらばらにして浴槽に沈めておく事にした。
そして数日後、またヒトを殺したい欲求を抑えられず歯止めのきかなくなった俺は次のターゲットを探す為町をふらふら彷徨っていた。
そんな時マカイズと出会った。
それからは楽しかった。
なんだって初めて得た理解者だ。
信心深い方ではないんだが、この時ばかりは罪深い俺に神様が与えてくれた唯一の慈悲なんじゃないかって思った。
信じてくれるか分からないけど、一応これでも罪の意識は感じているんだ。
「どうだろう、分かってくれたかな俺がどんな人間なのかを」
孝輔は懐かしそうに微笑みながら言った。
「はい、貴重な経験ができたと思います」
「はは、冷たいな。なぁ最後に一つだけ質問してもいいかい?」
「なんですか?」
「俺は願いを叶えた。もうここで死んでも後悔はないってくらいね。君はどうだい、叶えたい願いとかあるのかい?」
叶えたい願い。またこれだ。
最近本当にこの質問が多い。
海翔は必死で考えたけれど何も思い浮かばなかった。
「……ないよ、何も。僕は誰かの力になりたいだけだから」
孝輔は海翔の答えを聞いて一瞬ポカンとしたが、その後笑顔で言った。
「そうか。そういう人もいるのか。最後に俺と真反対の人間と出会えてよかったよ」
孝輔は満足げな笑顔で言った。
二人が会話を終えると一歩後ろに下がっていたクロウが近づいてきた。
「話は終わったな。もういいか海翔」
「うん、もういいよ」
クロウは「そうか」と言って躊躇う事も無く孝輔を切りつけた。
クロウなりの気遣いなのか、孝輔は苦しむ事なく絶命していた。
倒れた孝輔の表情はもうこの世に何の未練も無いというような安らかな笑顔を浮かべていた。
「帰るぞ、海翔」
「うん」
一戦目に勝利した記念すべき瞬間ではあるのだが海翔は達成感というよりも、悲哀の気持ちの方が強かった。
初めてこの目で人が死ぬ瞬間を見た。
勿論目を背ける事も出来たが、最後まで見なければならない、そんな気がしたのだ。
それこそがクロウと契約した自分の責任であると。
孝輔の話にはきっと嘘は無かったのだろう。
人殺しをしたいという欲求。
それは彼にとって、本当に食欲などと同じ、抑えきれないものであったのであろう。
普通ならそんな欲求を持っているとしたら悩み、苦しみ、そして絶望しただろう。
だが、彼の話からは絶望感なんて少しも感じられなかった。
きっと、彼は精一杯人生を謳歌しきったのだ。
罪深き自分に与えられた、唯一の救いを胸に。
こうしてカード争奪戦の第一戦は終わった。
帰り道、海翔とクロウとの間に会話は一つも無かった。
最初のコメントを投稿しよう!