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静かだった。静かすぎるその場所で窓の外では雪が降っている、朝か夜かわからない白い部屋でカーテンの隙間から静かに冬は訪れていた。白いパイプベッドにいくつもの点滴のパック、布団の上で投げ出された腕を亜貴はそっと握った。
「直生、お前……冷たい手ぇしてんのな。全く、俺まだ何も言ってないのに」
そこに残る感情は想いは直生のためだけにあった。今はもう他の誰をも向いていない、直生に向けての感情を震える声で亜貴は漏らす。果たしてこの言葉は聞こえているのか。
「……なあ、また今度一緒に映画行こうぜ。何でも良い、お前の好きな映画で良いから」
言葉が出てこない、言葉より先に涙が出てしまいそうで。
雪はまだ、降り続いていた。
***
スーツの上に羽織ったコートのボタンを閉めて、玄関に置いてある青いマフラーを首に巻いた。『彼』は荷物を確かめて、立ち上がる。受け取った弁当箱はちゃんと入っている、昼が来るのが楽しみだった。
「今日も遅いから先に寝てろよ。ああ? 食事の準備は良いよ無理しないで良いって、これ以上俺に心配させんなっての! それよりあの話考えておけよ、映画の話」
『彼』は見送る『彼』に笑う、暖かくなったら出かけようって。楽しみはいくらあっても構わないから。
日常にはいくらでも幸せは転がっている。誰か寄り添う人がいれば、それだけでもう幸せな日々。
「じゃ、俺出るわ、お前も気をつけてな。行ってきます!」
おわり
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