最終電車

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最終電車

 朝から暑い日だった。店の外に安売りの古本のワゴンを出して、直生は額の汗を拭った。普段汗なんてかかない直生でさえも暑いと感じた。今年の夏は特別だった。ほうきとちりとりであたりの掃除をする。日差しを受けて直生の生成りのシャツはじっとりと汗で濡れていた。  ***  あれから祐之介は無事東京にある大学に合格して、嬉々として上京して行った。見送りに行った直生のこれからの恐怖も知らないで。今頃彼はどうしているのか、優しい人だったからきっと今でも人に囲まれて幸せに過ごしているのだろう。  祐之介の去った家は直生にとって苦しいものでしかなかった。ずっと仕事が忙しく帰宅しない主人、直生は朝から晩まで千鶴子と二人きり。理不尽に怒鳴られるのだって日常茶飯事、食事もろくにとれなくて学校の給食だけが命の綱で、放課後家に帰りたくないから学校帰りに寄り道をするもそれはそれで帰ってくるのが遅いと叱られる。  その日々が続いて冬が訪れる頃に直生は決意した、この家を一人で出て行くということに。  ***  その日、椎橋直生は家出をした。深夜、数少ない荷物を背負って塀を乗り越える。そのまま最寄り駅まで走って初乗り切符を買って最終電車に乗り込んだ。  車内の人はまばら、寒さに凍えた身体を座席のヒーターで温めながら十五歳の少年は行き先も決めてなかった。下手に補導でもされたらまたあの家に戻ることになってしまう。それだけはどうしても避けなければ……。  電車は音を立ててトンネルに入った。その暗さは直生の心に強く寂しさと不安を掻き立てている。けれどいっそのことずっとトンネルが抜けなければ良いのにとも思う。怖い大人から逃げたくて。
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