最終電車

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 ***  それからの日々は決して楽な人生ではなかった。直生は帰る場所も転々として、ひぐらし。夜の街に出入りしたこともある、年齢をごまかしてお金を得て……そこで出会った行きずりの男に抱かれたことだって。  やがて家出から四年がたった。その頃の直生は以前のバイト先で出会ったひとまわり年上の男と同居していて、昼間は飲食店でアルバイトを。同居人の男は時たま直生に暴力を振るっており、服を着てしまえば見えないところは傷だらけ。それでも生きて行くためには耐えなければ、と直生は黙って目を閉じる。 「唐揚げ定食、大盛りで!」  直生のアルバイト先の閉店間際によく訪れる青年がいた。いつも同じ時間で唐揚げ定食を頼んでいるから常連として顔は覚えた。彼はたまに二、三人で集まって訪れることがあってなんでも教職について熱く語っている。今後の教育のあり方とか教師はどうすべきだとか。店から十数分歩けば高校があってどうやら彼はそこの教師らしい。 「ここの唐揚げ定食、美味いな。ねえなんか他にオススメある?」  声をかけてきたのは彼の方だ。最初は驚いた直生も店員として答える。 「……生姜焼き定食も美味しいですよ、唐揚げ定食と値段も変わらないし」 「ふーん、じゃあ俺今日それ食べる。ご飯大盛りで!」  彼の名は藤尾亜貴。その日以来、直生は彼と挨拶を交わす仲になる。  ***  夜、帰宅した同居人の機嫌が悪くて直生は殴られた。せめて見えないところにして欲しかったのに今日の彼は酔っ払っている。接客業だから何を言われるのかわからない。けれど心のどこかで、自分が思うほど他人はこちらを見て来ないとも思った。他人の無関心こそがこの世の中で一番の不幸でもある。松井の家だって家出した直生を探すようなこともきっとしていない。 「おい、その顔……なに?」  思った通り大半の人は直生の傷を心配なんかしなかった。その中で唯一、逃げる直生の腕をつかんでじっと問い詰める人間がいた。 「なんでも、なんでもないですよ。藤尾さん」 「いや、なんでもないはずはないな。腫れてるじゃないか、もっと見せてみろよ……あ」  亜貴のつかんだ直生の腕にもあざがある。うっかり仕事のため腕まくりをしていた直生、あざは一つや二つどころではない。 「あの、すみません。仕事中なので……」 「何時に仕事が終わるんだ?」 「え……?」 「こんなの見て、放っておけるわけないだろう」
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