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午後九時過ぎ、店の前で亜貴は不穏な顔をして待っている。直生は目を合わせづらくて下を向いたまま自宅マンションに向かう。マンションの前では金髪でいかにもガラの悪そうな男が立っていた。彼は直生の姿を見て駆け寄って来る。
「直生、遅いじゃねえか何やってたんだよ」
「バイトが……」
男は直生の胸ぐらをつかんでドアに押し付けた、夜のマンションに鈍い音が響いた。
「バイトぉ? 知るかよ! さっさと家の鍵開けろ」
「おい、暴力的なことするな」
二人の間に割って入った亜貴は無理矢理直生と男を引き離す。男は標的は亜貴に移った。
「誰だ、お前」
「藤尾亜貴、高校教師だ」
「先生様が直生に何の用だよ、オレと直生の話に割り込んでんじゃねえ」
「そうしてまた殴るのか? 事情は知らないが暴力は振るう方が悪いんだよ、来い!」
亜貴は直生の腕をつかんでそのままマンションのエントランスを抜けて夜の住宅街を走る。遠くから男の怒鳴り声が聞こえたが止まるわけにはいかない。二人は息を切らしてもなお全力で走って、しばらくして追っ手が来ないことをようやく確認した頃、直生は亜貴に連れられて古びたアパートまでやって来た。
「はぁ、はぁ……せ、狭いワンルームなんだけど、許せ」
「え……?」
「あのままマンション戻ったらまた酷い目にあうぞ。今夜はここで休んで行け、これからのことは一緒に考えよう」
一階の奥、電灯の切れかけた廊下を進んだ部屋の表札には『藤尾』と書かれている。
鍵が開いた亜貴の部屋は散らかってはいないものの狭く荷物の多い部屋だった。ベッドとテーブルと大きな本棚。並んでいるのは小難しそうな教科書ばかりで、若い層に受けそうな漫画や雑誌の類は見当たらなかった。
「空いてるとこ座んな、本はよけて構わない」
「お邪魔します……」
亜貴は冷蔵庫から缶ビールを取り出した、そこでふと考える様子を見せて直生に問う。
「……お前、成人してる?」
「今年十九です」
「未成年! まじかよ! しかも俺より六つも年下って……」
「……」
「老けてるってよく言われない?」
「……たまには」
たまにどころではなく直生はいつもこうして社会に紛れていた。歳が上に見られることで年齢をごまかし仕事を得て、隠れるように生きていたのだ。
「俺、教師やっててさ今年三年生の受け持ちで。それこそ受験で暇なんてないんだけどでもやっぱり生徒皆良い方向に進んで行って欲しいと思うぜ? 生徒だけじゃなく、お前もな。定食は美味かったけど、あの家で暮らすのはだめだ。どこか住み込みで安心して住めるところ探してやるよ」
正直大きなお世話だと直生は思った。けれどそのお世話にならなければまた暴力を振るわれる生活に逆戻り。ちらりと亜貴の顔を見たら目があって微笑んだ。おそらく本心からの笑みだろう。こうしてこの日藤尾亜貴は一人の青年を救う事になる。直生は不本意ながらも行くところはないため、彼の言うことを聞くことにした。
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