最終電車

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 ***  蝉の声がやけに近くから聞こえる……。  そして同時にやけに焦って大声で名を呼んでいるかのような声が。直生がゆっくりと目を開けると亜貴に自分が抱きかかえられるところだった。横たわっていたアスファルトの上は熱くて硬く、いつの間にか出来た擦り傷が痛い。滅多にかかない汗をびっしょりとかいて、亜貴に抱かれながら店内に入った時に直生はようやく何が起きたのか考えはじめた。 「おい、大丈夫かよ直生。頭打ってないだろうな?」 「覚えていない……暑くて、気持ち悪い……」 「これ熱中症だよなあ、おじーちゃん! 店長! なんか飲み物持って来て!」  いつの間に亜貴が来たのだろうか、直生は確か開店の準備をしていたはずだった。  ああ、随分と昔の夢を見た気もする、住み込みでも良いって言ってくれたこの店をかつて直生と一緒に探してくれたのは亜貴だった。住まいと仕事を得て、三年。きっと今が一番幸せなのかも知れないと、ぼうっとした頭で直生は思う。  店長がスポーツドリンクのペットボトルをくれて、亜貴は蓋を開け直生の口元へ。少し口に含んで、やめる。その間に亜貴は直生のシャツのボタンを開けた。暑さと息苦しさが少し和らぐ。 「油断したか、直生」 「別に……」 「他人の失敗を怒るのも良いけどな、自分のこともちゃんとするんだぞ。お前だってもう子供じゃあないんだから」 「……」 「店番代わってやるよ、お前は部屋で寝てろ」  それからしばらく直生は自分の部屋で横になった。旧式の扇風機が音を立てて首を回している。縁側の方からは風鈴の音も、何年たとうとも季節のうつろいと言うものは変わらなかった。
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