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月曜日の夕方に駅前で直生と亜貴は待ち合わせた。シワの目立つシャツと履き古したデニムに前髪は伸ばしっぱなし、そんないつもと変わらない姿の直生を人混みから見つけた亜貴は大きく手を振った。
「よう、早いな直生。待たせたか?」
「いや、さっき着いたばかりだ」
「はは、デートの待ち合わせにはぴったりの台詞だな」
「ふざけるなら、帰る」
「待てってば! 冗談だよ冗談」
そんなやりとりをして歩いている時、ふと亜貴はカフェのガラスに映った自分と直生の隣同士で歩いている姿を見て苦笑する。身長は直生の方が高いが、細身。これではまるで海外の女性モデルと歩いているよう。直生は亜貴がそんなことを考えてるとは知らずに、ぼうっと映画館に向かって歩いている。どうせならふざけて手でも繋ぎたい気分だったが、亜貴がそんなことをしたら直生は今度こそ本気で怒る。
夕方の映画館は人はまばら、真ん中の後ろから三列目。前に大きな人間はいないようだったし場所的には良い席だろう。世間の懐古ブームは夏の終わりの感傷的な人の心に届いている。一方、直生は内心ひどく興奮していた。大きなスクリーンに座りごごちの良い椅子にアイスコーヒーを置いてひと息。どうせならパンフレットも買ったらよかったかもしれない。この歳にして初めての映画館というのも恥ずかしかったが、やっと大人になれた気がする。趣味もなく店と自室の往復の繰り返しの日々も少々飽きていたところだった。
「ははワクワクしてるだろう、直生」
「うるさいな……」
映画が始まろうとしていた。明かりが消えて、諸注意が流れる。そんなスクリーンにいちいち反応している直生が亜貴は可愛いなんて思ってしまう、いつもの無愛想が何処に行った。そして本編の始まりに眠りにつくように二人はじっくりと物語に浸ることにする。
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