幻想の庭で少年は魔女と出会う

2/7
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 あれは一体なんだったのだろう。寮名の由来になった、幻想庭に現れる亡霊(ファントム)だろうか。  しかし翌日、庭を訪れたユアンの前に、同じ格好をした女性が現れて手を振った。 「やあ、少年。いい天気だね」  黙ったままのユアンに近づきながら、まったく困っていそうにない声色で告げてくる。 「びっくりしたねえ。先生がいるとは」 「なんで隠れたんですか、やっぱり不審者なんじゃ……」 「わー、違う違う。ほら、黙って入るとやっぱり、ねえ?」  慌てた様子で手を振る姿を見て、気が抜ける。  本当の不審者なら、大人がいるとわかれば戻ってこないだろう。それに、教師が来たから隠れるだなんて、まるでイタズラが見つかった子どものようだ。 「誰かのお姉さん? みんな帰っちゃって、僕しかいないよ」 「知ってる。休暇中だものね。私ね、昔ここに通ってたの」  そう言った声は穏やかで、とても大人びて聞こえた。見た目よりも、ずっと年上なのかもしれない。  この人も休暇を利用して、母校を訪ねてきたのだろう。しかも正面からではなく、裏からこっそりと。  表側は高い壁と門に囲まれているけれど、寮が建つ裏手は雑然としている。子どもたちだけが通れるような抜け道もあるし、それらは代々受け継がれている。卒業生ならば、知っているに違いなかった。  女性に手招きされ、庭の隅に向かった。そこには大きな石が三つ並んでいて、間をあけて座る。  見えにくいこの休憩スペースは、寮で暮らしている生徒だけが使う秘密の場所だ。どうして知っているのか問うと、女子寮の方角を指さした。 「女子寮の庭って薔薇の花が主体なんだけど、派手な花って苦手でさ。緑がたくさんあるこっちのほうが好きで、知り合いを訪ねてよく来てたの」  どこか遠くを見るような顔つきで草木を眺め、彼女は呟いた。  今日の空も青く、夏の太陽は庭の緑を照らす。  白く塗られた物置小屋の脇には、銀色に光るバケツがひとつ。水道の蛇口に取り付けられた青いホースが、蛇のようにとぐろを巻いている。 「キミ、帽子被らないの?」  唐突に問われ、ユアンは彼女に目をやる。 「頭、熱くない?」  小首を傾げ、自身の頭頂部――影よりも黒い髪に手を当てる姿を見て、ユアンはとっさに己の頭を両手で覆った。  父親と違って、ユアンの髪は黒い色をしている。  スクールに入って、似た髪色をしている人は自分以外にもたくさんいるのだと実感したけれど、それでもまだどこかで忌避している。家族の中でただひとり、黒い髪をしている自分のことを、肯定できないでいる。 「この国では、帽子はおしゃれアイテムなのかもしれないけど、私にしてみれば日除けなわけ。黒って熱を集めるんだから、きっとこっちの人よりずっと頭が暑いんじゃないかと思うわ。ねえ、少年」 「知らないよ、そんなの」 「私も実際に温度を計ったわけじゃないから、想像だけどさ」  腕をあげて伸びをして、そうして空を仰ぐ。木漏れ日に手をかざしながら、瞳を細めた。  よく見ると、ユアンと違って瞳の色も黒い。完全な黒ではないけれど、とても暗い色をしている。 「ところで少年は、どうして帰らないの?」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!