幻想の庭で少年は魔女と出会う

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「くそババアだね」  同じ髪色をした人物から口汚い言葉が聞こえて、ユアンは我に返った。  そんな少年の顔を見据えて、もう一度、言い聞かせるようにして告げる。 「くそババアの言うことなんて、気にしなくていいんだよ少年」  強く言いきったあとで頬をゆるませて、黒髪の魔女は話しはじめた。 「私は見てのとおり、この国の人間じゃないのね。留学生なの。このスクールにも、そういう人いるでしょう?」  友好的な人もいれば、そうではない人もいる。  厳粛さが売り文句のスクールの中であっても偏見はたくさんあって、それに晒されて生きてきた。先生にも覚えめでたい優秀な生徒が、裏では自分に対して口汚く罵ってくることなど当たり前だったという。 「最初は従順にしてたんだけどね。ゴーに入りてはゴーに従えって言うじゃない? あっちにとっての普通がそれなら、じゃあこっちも同じように返してあげればいいんじゃないかなって思って反論してあげたわけ。そうしたらさー、なんか、私が言い返すとは思ってなかったみたいで、相手が泣いちゃって。今度は私が悪者だよ。ずるくない?」  口を尖らせて憤慨すると、なおも言葉を続ける。 「自分で言うのもなんだけど、私って黙っていればおとなしい人に見えるのよ。憧れの寄宿学校に通うとなれば、ちょっとでもよく見せたいじゃない。でもやらかしちゃったもんだから、もうそこからは駄目で。フクスイ、ボンに返らずね」 「フクスイ?」 「えーと、なんだっけ。こぼれたミルクは戻らない? 一度やらかしちゃったら戻せないし、割れたガラスも戻らない。でもね、人と人の関係は、そのかぎりではないんだよ少年」  話をしよう。  キミは、キミの言葉で、キミの気持ちを、お父さんに告げよう。  どうして自分は寄宿学校に入ったのか。  その理由を自分で決めてしまわないで、ちゃんと訊きなさい。 「大丈夫だよ。トムは――キミのお父さんのトーマスは、気持ちを顔に出すことは不得手だけど、優しい人だから」  封筒に記された父の名前をひと撫でして、魔女と名乗った女性は柔らかな微笑みを浮かべた。 「帰ろう。家族があなたを待っているから。私も、そろそろ帰らなくちゃ」 「……また会える?」  なぜか名残惜しくて、口をついて言葉が出る。 「どうだろう。お迎えに来てくれたら、来年また会えるかもね。その時には馬を頼むよ。用意するのはかぼちゃじゃなくて、ナスがいいな」 「かぼちゃは馬車で、馬にするならネズミじゃないの?」  それに、野菜に魔法をかけるのは魔女の仕事だ。  ユアンが言うと、「でも、お姫さまを迎えにくるのは、王子さまの仕事だよ」と頬を膨らませる。  陽光を受け、黒い髪が輝く。  それはまるで頭を飾るティアラのようで、本当にお姫さまみたいだとユアンは思った。
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