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ユアンが住む地より、もう少し東に実家があるという教師に引率され地元駅に到着すると、父親が迎えに立っていた。どんなふうに言葉を交わせばいいかわからないまま車に乗り込み、結局は無言のまま家に着いてしまう。
ユアンの部屋はなにも変わっていない。
きれいに整えられていて、決して疎まれているわけではないのだと、心に明かりがともる。
ギシリと床がきしむ音がした。
続いて己の名を呼んだ祖母の声に、身体が強張る。
寄宿学校にいる間で伸びてしまった髪。
隠そうとする前に、祖母の手が髪を掴んだ。
「また、こんなっ」
「ごめんなさい」
「本当に、どうして、おまえみたいな子がうちに――」
「それはどういう意味ですか、お義母さん」
引きつるような痛みの中、聞こえたのはマリーの声だ。祖母の手がゆるみ、痛みから解放される。
俯くユアンの頭上で、いつもは柔らかく話すマリーの冷たい声が響いた。
「いいかげんしつこいですよ」
「なにを言っているの、マリー」
「トーマスから聞きました。亡くなった旦那さまの初恋が東洋の方だそうですね。息子が選んだ相手も東洋人。似た者親子でいいじゃないですか。彼女は素敵な人でした。私は彼女の忘れ形見であるユアンと親子になれることを、嬉しく思っています」
マリーの声は冷ややかだ。こんなふうに言い返す姿を、ユアンはいままで見たことがない。
それは祖母も同じだったのだろう。絶句し、怒りなのか肩が震えている。
「なんの咎もない子どもに、自分本位な嫉妬心をぶつけるのはやめてください。みっともない」
「み――」
「せっかくユアンが帰ってきたんです。邪魔なので、そろそろ帰っていただけますか?」
リビングのソファー。隣にマリーが座り、正面に父が腰を下ろす。
まずはマリーが口を開き、ユアンは自分を産んだ母親とマリーが、学友であったことを初めて知った。
あの学校はマリーや父の母校であり、父はそこで母と出会ったのだという。
留学生を受け入れ始めたばかりで、当時はとても珍しかった。
奇異な目で見られることも多かったが、それを吹き飛ばすぐらいに破天荒で、行動的な女性だったのだそうだ。
「僕が寄宿学校に行くことになったのは、邪魔だったからじゃないの……?」
怖々と問うと、父は目を見開いて驚いた。
「どうして、そんなことを」
「……おばあちゃんが」
「母さんは、おまえにそんなことまで――」
「トーマスが悪いと思うわよ。あなた、キョウのことユアンに話してあげているの?」
産みの母の名を出したマリーに、父は口をつぐむ。
キョウというのが、ユアンが三歳のころに事故で亡くなった母親だ。顔も声も、きちんと覚えていない。写真を見た記憶がないのは、祖母が隠してしまったのだろう。
ユアンが生まれる前に亡くなった祖父は、祖母と出会う前に東洋人に恋をした。
初恋は鮮烈で、なにかにつけて彼女のことを口にしていたらしい。
そんなことを聞かされ続ければ、祖母だっていい気持ちにはならないだろう。
ユアンはほんの少しだけ、祖母を気の毒に感じた。
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