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実際のところ、駅の利用客一人一人に焦点を当てれば、なにがしかのドラマはあるのだろう。
だが一個人にまで気を使っている暇はない。
窓口の前にはいつも人が集まって、やれ、この駅にはどう行けばいい、銀行はどこだと質問攻めにする。
一人の対応を済ませてまた次。要件より先に「どれだけ待たせるんだ!」と怒り出す客もいるから、余計に後ろがつかえる。
効率よく、素早く、正確に。個人よりも数をさばく。壮一はたまに自分がロボットのような気分になる。客の要望を聞き、マニュアル通りに対応して、怒る客にはひたすら謝罪を繰り返す。
そうして一通りの客をさばき終え、次の列車が到着するまでの僅かな間に溜まった息を吐き出すのだ。
ふと、その少年が目に入った。連絡通路に飾られた大型ディスプレイ。その下は駅の利用者が待ち合わせ場所としてよく使う。
その中央に立つ、十代後半ぐらいの少年。ちょっと洒落た格好はこれからデートなのかもしれない。彼が壮一の目に留まったのは、自分の息子と同じ年頃に見えたのと、彼の着るジャケットが最近、その息子がバイトで稼いでようやく手に入れたブランド物と同じだったからだろう。
息子の裕はこのごろ妙に身に着けるものに拘りだして、その金を稼ぐために夜遅くまでバイトをしている。駅勤務の壮一より帰りが遅いことも多い。
つい先日叱ったのだが、今は息子と冷戦状態である。
列車が到着したアナウンスが流れると、数秒と待たず改札に人が押し寄せてきた。
壮一は気持ちを切り替えると、窓口に立つ。すると先ほどの少年が改札の前まで歩いてくるのが見えた。彼は携帯を手に、改札から出てくる人々を眺めながら――幸せそうに笑った。
そうしているうちに、窓口にも客がやってきた。今日も様々な案件がもたらされるのを他の駅員と協力しながらさばいていく。
先ほどの少年はまだ改札の前に佇んでいた。だんだん改札を通る人の姿はまばらになり、そして途切れてもぽつんとその場所にいる。彼の待ち人は先ほどの列車に乗っていなかったのだろうか。
だが少年はディスプレイの下には戻らず、携帯を握りしめたまま背中を丸めて駅の出口の方へと歩き出したのだった。
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