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駅が特に騒がしくなるのは、列車の遅延が発生した時だ。この時は喧騒どころか怒号が飛び交う。
外は台風まっただ中。日曜だというのに、駅には人が集まっている。
無理やり改札を越えようとする者、線路に降りようとする者、窓口に詰め寄り喚き散らす者。
窓口の狭いスペースだけでは押し寄せる人を対応しきれず、壮一は一端表に出た。途端に人々に囲いこまれる。
「再開はいつになる!」
「代わりの運航手段はどうなんだ‼」
「…どうか落ち着いてください」
誰もが自分の目的に必死だ。現状を説明しようにも怒声の方が響く。
突然背中を強く蹴られて壮一はむせた。振り返れば旅行鞄を手にした壮年の男が顔を真っ赤にして立っている。
「明日は朝から名古屋で商談があるんだぞ。
これは保証問題だっ! 損害を弁償しろっ、タクシー代よこせ!!」
頭に血が上りすぎて、言っていることが無茶苦茶だ。
台風は人間にどうにかできるものではないし、振替輸送の運賃以外は保証対象外だ。そしてこの嵐では振替列車自体動かせない。
さすがに眉をひそめた壮一に、男の顔は血が上りすぎてどす黒く変色している。彼は壮一の胸倉を掴み、拳を振り上げた。
「だせぇ」
壮一と男の脇に、あの少年が立っていた。軽蔑を隠しもしない表情でもう一度言う。
「くそだせぇな、あんた」
止める間もなく、男の振り上げた拳が少年の顔に振り下ろされた。少年の体が傾いで床に倒れる。周りから悲鳴が上がった。
壮年の男は己のしでかしたことに気が付いたのだろう。旅行鞄を抱え込むと、人だかりをかきわけ一目散に逃げ出したのである。
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