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次に少年を見かけたのは、なぜか水曜日だった。
いつもの洒落た格好ではなく、制服姿の彼はディスプレイの下を覗き込んだり、券売機の周りを確認したり。
壮一は同僚に「ちょっと外します」と言い残して少年の元に駆け寄った。
そうして少年に声をかけると、彼は途方に暮れたように壮一を見た。曰く、携帯を失くしたのだと。
先日の騒動の時に落としてしまったのだろう。平日は部活とバイトが忙しく、なかなか駅まで来られなかったらしい。
ここ最近の届け物に携帯はなかったはずだ。壮一はまだ仕事中で、すぐ窓口に戻らなければならない。だが必死に床に這いつくばって携帯を探す少年を放っておく気には、どうしてもなれなかった。
あとで絶対に怒られるなぁ…とわかっていながら、壮一は「私は改札周辺を探してくるから」と言い残して少年の傍を離れた。
唖然、とした少年の視線を、壮一は背中で感じていた。
少年の携帯は無事にみつかった。
連絡通路の柱と柱の隙間に挟まっていたのをみつけた時は、少年と二人で年甲斐もなく叫んでしまった。
少年は充電器を携帯に接続すると、画面を開いて壊れていないことを確認する。その肩の力が安堵でゆっくりと抜けていった。
その画面を壮一がつい覗き込んでしまったのは、やはり好奇心があったからだろう。
壮一でも知っているSNSには三か月前の日付と、左右から飛び出した吹き出しでの相手とのやりとり。
『あと五分でつくよ』
最後は相手からの吹き出しで、そう残されている。気が付いたら壮一は聞いていた。
「それ、三か月前の脱線事故の犠牲者?」
流石に突っ込みすぎたかと、言ってしまってから壮一は後悔した。こちらを見返す少年の目はこれでもかと見開かれている。怒るよなぁ、と己の不謹慎さを呪った。
「やっぱ、駅員さんってそういうのわかるんすか?
映画みたく、乗客一人一人のことをよく見てるみたいな」
だが、少年の反応は壮一が想像していたものとは違った。戸惑いとちょっとの尊敬。これには壮一の方がたじろいでしまう。
「すげぇな。俺、あんなの創作の中だけだと思ってた。年配の駅員さんがさ、いろんな客とのドラマを懐古する映画、昔あったっしょ。あれマジなんだ?」
「い、いや」
「ん~、あんたならいっか」
少年は携帯を大事そうに握りしめた。
「まあ、こっちこそどこの映画だって話だけど。
俺の彼女、あの事故った列車に乗ってたんすよ」
壮一は頭の中で脱線事故の犠牲者を思い浮かべる。彼と同年代の少女は四人いた。全員最前列の車両に乗っていて、他の乗客に押し潰されて圧死。その誰が彼の言う彼女なのかはわからないけれど…。
「あの日俺は、あいつからのこの連絡見て。ああ、あと五分でつくんだなって。
考えてたことといったら、この後の昼飯とか、見に行く映画とか、すっげぇ普通のことで。
だんだん周りが慌ただしくなっても、全然気にしてなかった。遅ぇなぁ、ぐらいに思ってた」
「……」
「別にあの日が初めてのデートでも、なにか特別な日でもなかったんだけど。そんな日に前触れもなくあいつがいなくなっちまって。
なんつうか、今でも実感ないんだよな」
一緒に探してくれて、ありがとうございました。
そう頭を下げた彼は、背中を丸めて駅の出口の方へと向かっていった。
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