始まりの春の日

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「おいおい、圭太(ケイタ)!おまえ、なんでアヤと一緒にガッコ来てんだよ!」 教室に着くなり片隅の少年ジャンプ仲間、佐々木奏介(ササキソウスケ)が不機嫌そうに駆け寄ってきた。三島綾花は靴箱にたどり着いた途端に「担任に呼ばれてたんだった!」と、慌てて走っていったから、恐らく窓から僕らを見ていたのだろう。 「や、なんか、数学の予習してきたかみたいな話で。たまたま会ったんだよ」 嘘はついていないけど、変な罪悪感に目線を落とす。履き替えたダサい学校指定のスリッパに書かれた、瀬野圭太という名前が薄くなっていた。 「にしてもさぁ~羨ましいなぁもう」 その声に反応するように、後ろから黒川基弥(クロカワモトヤ)が近づいてきた。こいつも片隅の少年ジャンプ仲間だ。 「おはよ、圭太。三島と来たの?」 「おはよ。や、だから、たまたま、な。ちょっとぼーっとしてたから話しかけられたんだよ」 「ふーん」 基弥は長めの前髪をそっと撫でて、口をとがらせた。いつもそうだ。こういう話題になると不機嫌そうに口をとがらせる。 「俺もたまにはアヤと学校来てぇよ」 奏介が笑うと、基弥はふんと鼻を鳴らして自分の席に戻っていった。 なんだアイツ。 僕が女の子と話すのが不満だとでも言いたいんだろうか。 第一、だ。基弥はモテる。抜群に。本人はその自覚がないようで、「基弥はモテるじゃん」なんて言われると首を傾げる。それでも遠巻きに女の子たちは基弥の噂をし、連絡先を知りたがり、休みの日になんとか遊ぶ約束なんて取り付けないだろうかと画策してる。イケメンで背が高く、この進学校でもトップと切磋琢磨するなんて、どこで徳を積んできたというんだ。でも当の本人は「俺よくわかんねぇもん、女の子の扱い」と口をとがらすだけ。 ひたすらモテない僕と奏介は不満だ。 いいじゃないか、たまには3年で1番人気、いや、校内でも1番人気の三島綾花と僕が肩を並べて歩いたって。扱いが分からないと言いながら、実は基弥は三島綾花が好きなんじゃないかと、僕は密かに思っている。 もとより女の子に対してやや冷たいヤツだが、とりわけ三島綾花には当たりが強い。それはきっと、愛情の裏返しだろう。その証拠にごく稀に憂いを帯びた瞳で三島綾花を見ていることがあった。叶わない恋特有の、哀愁だ。本人が気がついているかどうかは定かではないけれど。 基弥が自分の席に戻ると、3人組の女の子が英語の教科書をもって近づいて行った。ややめんどくさいという顔をしたものの、指さされたところを眺めてボソボソと答える。その度に3人は「さすがぁ」とか「すごーい!」「そっかー!」と黄色い声をあげる。チャイムが救いになって、3人はありがとうと頬を染めて自分の席に戻っていく。本当に嬉しそうだ。なんだかんだ言って、いいやつではあるんだよな。さっきまで不愉快に思ってた自分が情けなくなる。 僕はホームルーム中ずっと、黒板を見つめながら、ふたりとの出会いや三島綾花との出会いを思い出していた。
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