一話「守護者選定」前編✳

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一話「守護者選定」前編✳

「……ぁあ」気持ち良い。さっきまでの辛さが嘘のように和らいだ。  指が手から手首、肘から服の中へ入り、肩へと上って行く。脇下にそっと触れられて、吐息が漏れる。この手なら体中、隈なく触ってほしい。 「あぁん……っ」もう一方の手が襟元から入って、乳首をきゅっと摘まむ。気持ち良すぎてどうにかなりそう。 「ん、ぁ、」耳元に掛かる彼の息に下腹が疼く。もっと、触れて欲しいの。  袖口から入っていた手がそっと遠退いて、シーツの下でガウンの裾を割る。そう、中に触れて欲しい。  今世では感じたことのない欲求に、腰が揺れた。フワッと花の香りが立ち上る。 「そこまで。聖女の伴侶だと認定します。今日の選定はこれにて終了です」大きな咳払いと共に、厳めしい宣言と、バタバタと走り去る足音が聞こえた。 「愛してるよ」目隠しを外しながら、彼が私を抱きしめて囁く。あぁ、やっぱり彼だった。優しい桜色の瞳に引き込まれるように、意識が薄れた。  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「おはよ」うーん、と伸びをする。よく寝たわ。振り向くと、タリーが側の机に向かって、のんびりと書き物をしていた。 「お昼過ぎたよ、ご飯食べる?」そう言われると、お腹空いてるわね。 「うん」タリーがベルを鳴らして侍女に二人の食事を頼んでくれる。 「ねぇ、ここどこ?」和らげた陽射しを採り入れた、明るく静かな部屋。こんなとこ、私たちの屋敷にはなかったと思うんだけど。 「離宮だよ。僕たちの部屋だって」へぇ……って、僕たち? 「あれ? 覚えてないの?」……あぁ! 「……伴侶?」このぼーっとした幼馴染みが? 「うん、選んでくれてありがとう」満面の笑みに、何も言えなくなる。好きよ、好きだけど。 「……あそこまで、しなくちゃいけなかった?」 「君を独占するのは諦めたけど、やっぱり初めては譲れないよ」ニコニコして、凄い事言うわね。熱い顔を両手で覆った。  ここサウスフィールドの国では、女王陛下の安定した治世と常夏の温暖な気候の元、国民が穏やかな日々を送っていた。ひとつだけ心配されていたのが、聖女の不在。  数年のブランクはあっても、この国には立国以来、殆ど欠かさず『聖女』が存在した。 『聖女』は『守護者』の加護を受けて、この国に恩恵をもたらす。 『聖女』の不在が長引けば、災害が起きて土地が荒れる。収穫量が減り流行り病が蔓延し、謀叛や他国の侵略も起きやすくなるのだ。  この国は他国の情報をつぶさに研究し『聖女』が心穏やかに、長い寿命を保つ環境を整えた。  他国にはない女王制と多妻多夫制度の導入、恋愛結婚の奨励と医学の推進、福利厚生の充実化。身分制度は緩やかに廃され、実力主義と社会福祉の融合が図られている。  私は騎士の家に転生し、厳しい実母や優しい父と義母、弟という家族と、隣りの屋敷の下級貴族一家に囲まれて穏やかな幼少期を過ごした。  実母は隣国の出身で、彼女の『淑女教育』は厳しかったけど。  同い年の幼馴染み、タリヌム(タリー)はのんびりした男の子。『三時の貴公子』という渾名通りの性格だった。  五才から十までは二人で近所の私塾へ、十六までは街の学院に通い、その後は各々の希望する勤め先での修行。  タリーは父親を継いで文官として勤める為に、王宮に出仕し始めた。  私は実母の教育を受けながら魔法院へ通い『無属性魔法』の勉強を続ける。  そんな中で長年患っていた実母が逝去し、半月ほど泣き暮らす内に私は十八になった。  その日の朝、私の部屋から花の香りが沸き上がった。  この世界では、成人し子どもを身籠ることができるようになった証として、女性には月一回以上『発情』が起こり、その時には花の香りが立ち上る。月経がないのは有り難いが、子宮はあるらしいので、体内で何が起きているのか理解できない。  男性は十代で精通があり、それが成人の証となる。以降は女性のフェロモンに誘発されて発情するらしいが、個人差が大きく、こちらもよく分からない。  そして私が発情した時、心配して様子を見に来てくれていたタリーは私にのし掛かり、騒ぎを聞き付けた父のデュランタに摘まみ出された。  弟のスパティフィラムは、それ以降タリーと口をきかないそうだ。  更にその日の内に王宮の使者の訪問を受けた。  私が『聖女』であり、翌日から王宮に迎えられること、翌週から『守護者候補』の申請と選定が行われることが通達された。
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