刑務所で繋がる縁

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刑務所で繋がる縁

“刑務所での目覚めも、随分と慣れたもんだ”と泰牙(タイガ)は思う。 ゆっくりと目を開けると、向かいのベッドで横になる一人の少年と目が合った。  同房で年下の少年、零真(レイシン)の顔も見慣れたものだと思う。 「おはよ、泰牙」 「・・・おはよ。 今日は早いんだな」 「うん。 目が覚めちゃったんだ。 ねぇ、そっちへ行ってもいい?」 頷くと、零真は笑顔になり泰牙のベッドまで駆け寄ってきた。 泰牙がベッドに座ると、その横に零真も腰を下ろす。 「今日は待ちに待った、泰牙がこの刑務所から出られる日だね!」 確かに自分にとって、刑務所から出所できる今日の日は嬉しくも思う。 ただ寂しがり屋だった零真にとっては、自分という知っている人間がいなくなる日でもあった。 「・・・どうして笑っているの?」 「え? だって、それは喜ばしいことでしょ?」 「昨日、俺がもういなくなるとか言って号泣していたじゃないか」 「あ、あれは・・・。 まぁ確かに、泰牙がいなくなるのは寂しいから。 でもよく考えたら、出所っていいことじゃんって思ってね。 だからもう泣かない。   ねぇ、泰牙は自分の家へ帰ったら、まず最初に何をするの?」 「そうだな・・・。 特に、何も考えていなかったな」 そう言ったが、その言葉は嘘だった。 ―――家へ帰ったらまず何をするのかなんて、ここへ入った時から既に決まっている。 ―――零真には心配をかけたくないから、話せないんだよな。 顔を正面から鉄格子へと向け、そして少し物思いにふけった。 泰牙が刑務所に来るきっかけになった事件は、二年前の高校一年生の時まで遡る。 赤く染まる葉が落ちる季節、部活を終えた泰牙はそのまま家へ直帰した。  持っている鍵で家の中へ入り挨拶をしたが、いつも返ってくる返事がない。 よく見ると見覚えのない靴が一つあり、誰か来ているのだと分かった。  五月蝿くしては駄目だと思い静かにリビングへ行き、ドアを開けると酷く怯えた姉が床に座り込んでいた。 「姉さん?」 「泰牙・・・」 奥では両親が知らない男を前にしてテーブルに座っていた。 普段父は帰りが遅いため、こんな時間から家にいるのが珍しいと思ったのを憶えている。  まだ黙っているということは、これから本題を切り出すところなのだろう。 「なぁ・・・。 アンタたちが、麻薬密売の元締なんだろ? 俺に麻薬を大量にくれよ。 金はいくらでも払うからさぁ」 高校生であってもその意味は分かる。 だがあまりに現実離れした言葉に、頭を疑問が奔った。 「え、麻薬って? 何のこと?」 「・・・」 姉に小声で尋ねかけてみるが、姉は何も言わない。 ただこの怯えようは尋常ではなかった。 「何を仰っているんですか、私たちはただの一般人ですよ。 そのようなものは取り扱っておりません」 父の言葉を聞き泰牙は安堵した。 それでも男はしつこかった。 否定する父の言葉なんて聞こうともしない。 ついに痺れを切らした父は、声を荒げ男を追い払おうとした。 「いい加減にしろ! これ以上コイツには何を言っても無駄だ!  母さん、この男を追い出してくれ!」 母はそれに頷くと、黙ったまま男を強引に玄関へ連れていった。 母一人で心配だったが、どこか手馴れているのか大の男に力負けしていない。  ピシャリと締め出し鍵をかけると、母は何も言わずドアの向こうへ冷たい目を向けていた。   「ったく・・・。 一体どこからこの家の情報が漏れたんだ? 騒ぎになる前に対処しないとな。 下の奴らを全員使って、発信源を特定させるか」 おそらく独り言だっただろうその言葉を、泰牙は偶然聞いてしまった。 「ッ・・・! 父さん! あの男が言っていたことは本当なのか!? 立派な犯罪だぞ!」 父は普段見せたことのないような冷たい表情をしていた。 それが自分に向いている。 泰牙は自宅にいるのに、まるで氷でできた皿の上に立たされているような気分になった。 「うるさい。 黙れ泰牙。 父さんは今忙しいんだ」 「ッ、姉さんはこのことを知っていたのか!?」 「・・・」 姉は答えない。 答えないことが真実なのだろう。 「有り得ない・・・。 親が犯罪者だったなんてがっかりだ。 俺、通報してくる」 「待ちなさい! 母さん、泰牙を止めてくれ!」 リビングの電話まで行こうとしたところで廊下で母と鉢合わせた。 父と同様、冷たい雰囲気を纏っている。 それは普通の人生を送っていれば、到底身に付かないものだ。 「やっぱり、母さんもだったのか・・・」 「泰牙、言うことを聞きなさい。 貴方はここで何も聞かなかった、何も言わなかった。 それだけでずっと裕福な生活を送っていけるのよ」 「両親が犯罪者なら、そんな未来はいらない。 望んでなんかいない!」 力尽くで抑え付けようとしてくる母に無理矢理抵抗。 幸か不幸かその血を受け継いでいたのか、母に負けることなく上手くかわした。  それでも追いかけてくる母を見て、咄嗟に近くにあった花瓶を手に取り思い切り振り下ろす。 大きな音を立て、母は頭から血を流し倒れ込んだ。 「キャーッ!」 流石にそれには黙っていられなかったのだろう。 ただ座り込み見ていただけだった姉が、悲鳴を上げた。 「嘘だろ・・・」 それで自分が何をしてしまったのか、冷静に確認してしまった。 同時に怖くなり足が重くて、思うように動かなかった。  両親を通報することも忘れ、母の容体を確認しようとしたところ耳たぶの裏に見たことのない痣が見えた。 いや、痣というより入れ墨のようなものだろうか。 ―――何だろう、これ・・・。 考える時間を、父が許すわけがなかった。 後ろから羽交い絞めにされ、抵抗しても逃れられない。 十分後には警察も救急車もすぐに来て、救急車は母を運び警察は泰牙を捕らえた。  どうやら姉が呼んだようだ。 「ち、違う! 俺は悪くない。 悪いのは親の方だ!」 警察は状況証拠と父と姉の目撃証言を照らし合わせ、泰牙を犯人とほぼ断定した。 話など苦し紛れの出まかせにしか思われず、泰牙をパトカーへ連れて行こうとする。 「俺の親は麻薬密売の元締なんだよ! この家をくまなく捜してくれ! 絶対に麻薬密売に関するものがあるはずだ!」 そう言うと流石に警察は立ち止まった。 泰牙は連行され、別の警察官が家宅捜査をしたようだ。 だが後に聞くことになるが、数時間に渡って家全体を調べ上げても、何の証拠も出なかったらしい。 「麻薬に関するものなんて、あの家には一切なかったぞ」 「そんな・・・ッ!」 それからあれよあれよとあまりにも事がスムーズに進み、泰牙は刑務所へと入れられることになった。 ―――今になって分かる。 ―――多分、あの父さんが裏で手を回したんだ。 その証拠も何もないが、泰牙はそう思っていた。 「泰牙! 泰牙ったら!」 気付けば目の前に零真が来て、顔を覗き込んでいた。 「あ、えっと・・・。 ごめん、考え事をしてた」 「そうなんだ」 「というより、今日はもう俺のために泣いてくれないのか?」 「え、泣いてほしいの?」 「うん」 「どうして?」 「零真は毎日泣いているから、笑っていると逆に落ち着かない」 「ッ、はぁ!? もう絶対に泣かない! 泰牙を笑顔で見送ってやるんだから!」 零真は顔を赤くしそっぽを向いた。 一方泰牙は、少し寂しそうに俯いた。 「・・・泣いてもらわないと、俺の調子が狂うんだよな」 零真と出会ったのは泰牙が高校三年の時、零真が高校一年生になったばかりになる半年前だった。
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