バラの庭

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バラの庭

バラの香りが鼻をくすぐった。5月の高い空は澄んでいて、この香りはよく似合う。 「綺麗でしょう」 歳がよくわからないけれど、人のよさそうな小じわを目のふちに浮かべてそう言ったのは、僕の担任になる相馬(ソウマ)先生だった。 「すごいですね」 窓の外に広がる赤いバラの庭。圧巻だ。とても高校の庭の景色には思えない。 「園芸部の生徒がね、頑張って育ててるのよ。園芸部の先生を中心に」 「そうなんですか」 「勿体ないけどね、裏庭ってところが」 ぺたぺたとスリッパののっぺりした音が廊下に響く。行き交う生徒が「おはようございます」と先生に挨拶したあと、必ず僕を見る。 珍しいのだろう、こんな時期の転校生なんて。 階段をゆっくり上がっていく。やがて3年4組と書かれたドアの前に立ち止まると、中からは喧騒が聞こえた。話の内容は分からないけれど、楽しそうだ。 相馬先生は一度僕を見て、にっこりと笑う。 「ここよ、緊張しなくていいからね」 「はい」 ガラッとドアを開けると、散らばっていた生徒が惰性のように自分の席に戻っていく。 「おはようございます」 と、相馬先生が言うと、生徒たちはややトーンの低い声で「おはようございまーす」と返事をした。 「今日は前から言ってたけど、転校生が来てます。さあ、入って」 男子は白いシャツに青みがかったグレーのスラックス、女子は白いシャツにネイビーのベスト、男子のスラックスと揃いの色のスカート。首元のリボンは指定では無く個性を活かしたオシャレなのか、着けている子とそうでない子がまちまちだった。 「自己紹介を」 そう言われて真ん中に立つと、前の学校の白いシャツに黒いズボンの僕を舐めまわすように35人の目が一斉にこちらを見ていた。 「芹沢総太(セリザワソウタ)です。よろしくお願いします…」 まばらな拍手のようなものが、かすかに聞こえて消えた。思わず苦笑いしそうになって堪える。 「じゃあ芹沢くんは大久保(オオクボ)さんの横ね」 そう言われて見やると、ちょうど真ん中の列の一番後ろで、首元に赤いリボンをしている女の子が「はぁい」と手を挙げた。その隣が空いている。 「よろしくぅ」 ぺたぺたと近づく僕に、彼女はにかっと笑った。 「よろしく」 そう返して席に着く。ここで僕の新しい生活が始まっていく。
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