3人が本棚に入れています
本棚に追加
バラの庭
バラの香りが鼻をくすぐった。5月の高い空は澄んでいて、この香りはよく似合う。
「綺麗でしょう」
歳がよくわからないけれど、人のよさそうな小じわを目のふちに浮かべてそう言ったのは、僕の担任になる相馬先生だった。
「すごいですね」
窓の外に広がる赤いバラの庭。圧巻だ。とても高校の庭の景色には思えない。
「園芸部の生徒がね、頑張って育ててるのよ。園芸部の先生を中心に」
「そうなんですか」
「勿体ないけどね、裏庭ってところが」
ぺたぺたとスリッパののっぺりした音が廊下に響く。行き交う生徒が「おはようございます」と先生に挨拶したあと、必ず僕を見る。
珍しいのだろう、こんな時期の転校生なんて。
階段をゆっくり上がっていく。やがて3年4組と書かれたドアの前に立ち止まると、中からは喧騒が聞こえた。話の内容は分からないけれど、楽しそうだ。
相馬先生は一度僕を見て、にっこりと笑う。
「ここよ、緊張しなくていいからね」
「はい」
ガラッとドアを開けると、散らばっていた生徒が惰性のように自分の席に戻っていく。
「おはようございます」
と、相馬先生が言うと、生徒たちはややトーンの低い声で「おはようございまーす」と返事をした。
「今日は前から言ってたけど、転校生が来てます。さあ、入って」
男子は白いシャツに青みがかったグレーのスラックス、女子は白いシャツにネイビーのベスト、男子のスラックスと揃いの色のスカート。首元のリボンは指定では無く個性を活かしたオシャレなのか、着けている子とそうでない子がまちまちだった。
「自己紹介を」
そう言われて真ん中に立つと、前の学校の白いシャツに黒いズボンの僕を舐めまわすように35人の目が一斉にこちらを見ていた。
「芹沢総太です。よろしくお願いします…」
まばらな拍手のようなものが、かすかに聞こえて消えた。思わず苦笑いしそうになって堪える。
「じゃあ芹沢くんは大久保さんの横ね」
そう言われて見やると、ちょうど真ん中の列の一番後ろで、首元に赤いリボンをしている女の子が「はぁい」と手を挙げた。その隣が空いている。
「よろしくぅ」
ぺたぺたと近づく僕に、彼女はにかっと笑った。
「よろしく」
そう返して席に着く。ここで僕の新しい生活が始まっていく。
最初のコメントを投稿しよう!