第三話

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第三話

又目をつぶってしまったのだろうと思った。 これは夢だ。 シュー、シュー。 ああ、またあの工場だ。 ただ、今は誰もいないし、俺は立っていた。 カラカラとなんか音がした。 振り返ると・・・ ヒュッと音がした。 「ヒーット!」 殴られた、俺はそこに倒れた。 でも倒れた先にはもう一人いた。 あの匂い。 俺は倒れた体を引きずりそれに覆いかぶさった。 そして気が付くと、また、真っ白な世界。 ただ、今度は人がいた、あの人だ。 俺は走って行った。 彼は大きく手を広げ、俺はその中に飛び込んだんだ。 「由紀夫、由紀夫」 呼ばれるだけでうれしくて、彼の匂いをいっぱい吸い込んだ。 そして俺は彼の名前を呼ぼうとしたんだ。 すると急に周りが真っ暗になった。 シュー、シュー、またあの工場? 前の方にヘルメットをかぶった男性がいる、工場で働く人だろうか? 「すみません」 「・・・」 「ここはどこでしょうか?」 「・・・」 男は俺の顔を見た。 髭面のゴリラのような顔、大きな人だ。 「出口はどっちでしょう?」 男は指差した。 「ありがとうございます」 あっちか、目線を今いた男に向けたがもういない。 消えた? とにかく指さした方へと向かった。 重い体、いやそうじゃない、俺は誰かを背負っているんだ。そして自分の足が折れているような気がする、引きずっている。 ドアがあった、開けるとそこにはいっぱいの機械とパイプがむき出しになっている。 バタバタと走る音が上から聞こえる。俺はそこに身を隠した。 金属の上を走るような音が鳴る、人が大勢いるような気がした。 「いたか?」 「いません」 「早く探し出せ!」 時間押してます、五分前です!遠くから聞こえる声。 まるで、何かのゲーム、ドラマだろうかと錯覚してしまう、ただいまは逃げなきゃと思っている方が強くて。 人が走り去った、俺はそこから出ると、とにかく真直ぐに進みだした。パイプをまたぎ、機械の下を通って行く。 また音がした、すぐ真上だ。 「応答、犯人はこちらにはいない」 犯人?俺、何かやらかしたの? 「名前は野島由紀夫、怪我をしているようだ、早急に確保」 やばい、俺の名前だ、早く逃げなきゃ。 でも足が痛くて、痛くて、止まって動けなかった。 「いたぞ!」 「むこうだ、行くぞ!」 上を見上げると、男たちの足音が遠くなっていく。 俺は、誰だかわからない人を担ぎ上げた。 でもこの人は俺にとって大事な人だと何となく思っている。 犯人って何?早くここから逃げなきゃ! ブー、ブー、ブー・・・ 物凄い音にハッとして上を見上げた。 赤いランプが回りだした。 人が上を走り出した。 なんなんだよ! きょろきょろあたりを見回す、今来た道を振り返るが誰も来る様子はない、ただ上を人が行き来しているのが見えるだけだ。 「もうすこし、がんばって!」 俺は背中にいる人に声をかける。 目の前は行き止まり。くそっ! だがそこにはノブのような物があった。 「頼む!」 祈りながらその扉を開けた。 急にものすごい光に包まれ、伸ばした手でそれを遮った。 …何かが聞こえる。 鼻歌? さえぎった腕をどかした。 暗闇ではない、夜?そう思ったのは、窓にカーテンが半分引いてあったからだ。 ベッドに誰かいる。 暗い所から急に明るい所に出て目が慣れていない、そんな気がした。 只聞こえる鼻歌は聞いたことのある曲だった。 なんだか知っている。 「…♪僕は一人きりじゃない、この手を伸ばせばきっと君を見つけられる…」 鼻歌を歌っていた男性がこっちを見た。 ああ、彼だ。 夢に出てきた彼がいた。 「…由紀夫」 俺はその声を聴いて、無性に彼に抱き着きたくなった。 手を伸ばした、彼も手を伸ばし、ぎゅっと握ると、握り返してくれた。 「会いたかった」 「俺も、凄く会いたかった、でもごめんなさい、名前が…」 「いいんだ、よかった、無事で」 伸ばした手を抱きしめ、俺は顔に当てた。 人間の体温、そして大好きなにおい。 俺の目からはポロポロと涙が出たのだった。 彼は、大友恭平といった。 「俺、恭平と一緒に住んでるんだよね」 「ああ、それは覚えているんだな」 「なんかあちこち飛んでるんだ、夢の中、現実なのかわかんなくて」 「そうだな」 彼は立ち上がった。 「どこに行くの?」 「消灯時間が過ぎてるんだ、ここにいたら怒られる」 「いやだ!行っちゃ嫌だ!」 「大丈夫、もう誰も襲ってこないから」 「おれ、やっぱり襲われたの、この怪我は俺がしたんじゃないんだね」 「お前が?ハハハ、無理だ、いつも俺に押さえつけられてるのに、でもお前が背負ってくれたんだよな。ありがとう」 あれは夢じゃないんだと思った。 恭平は隣の部屋にいるという、俺も一緒の部屋がいいと言うと笑っていた。 ドアを開けると誰かがいた。 「誰?」 「警察の人だよ、安心して寝なさい、いいね、命令だ」 ああそう言われるといつもそう言われていたような気がする。 お願いしますと言って出ていってしまった。 開いたカーテンの外には飛行機がランプを光らせて通り過ぎるのが見えていた。
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