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第五話
そこには俺一人で歌う姿。
「グループ脱退してソロになったんだろ、コンサートに、前組んでた仲間が乱入してさ」俺がボコられてる?
「嫉妬だよな」
「一人になって売れたんだもん、しょうが無いよな」
一人?
「あ」
そこには、俺をかばう人がいる。
「順平だけはついていったんだよな」
「兄貴と仲悪かったしな」
順平が?なんでだ?
「順平…」
彼は怪我でギターが思うように弾けなくなったそうだ、新しく入った森、彼は兄の恭平と仲が良くて引き抜かれた。
でも順平は歌がうまくて、コーラスでもいいからと俺が引っ張って行ったんだそうだ。
「覚えてないの?」
「うん、飛んでる」
「まあな、こんだけ殴られてりゃな」
「でも、パイプとかさバッドはダメだよね」
後はその辺の楽器やいろんなものが飛んでいる。
「順平も怪我したんだろうな」
「昨日来てたよな」
「うん、腕つって、絆創膏だらけ」
じゃあ、俺は順平と恭平を…
「そろそろ始まる」
「そうそう、本人がここにいるけど、これは別物だしな」
なに?
ドラマだよ、君が出ている。
え?
見る?
ベッドを動かしてくれて、カードでお金が落ちるから一緒に見ようと三人でそれを見た。
俺の足元にいるもう一人は八十の爺さんだった。
そしてドラマが始まった。
それを見て、あの夢と現実がごっちゃになっているのがわかった。
真っ白いワンルーム、壁にもたれ、青い空を見上げている俺がいた。
背中に背負う俳優。
完全にドラマのシーんじゃねえかよ。
気が付くと俺は涙を流しながらそれを見ていた。
一週間後、順平は着替えやなんかを持ってきてくれた。隣にいた二人はもう違う病院へ移って行った。
俺も違う病院へと移ることになる。
俺は順平に、夢の中の話をした。
大した事じゃないけど、順平を悪者にしていた。ごめんと謝ると彼はこういった。
一緒に住んでいたのは兄の恭平で間違いはない。
え?
でも、彼は、違う人と暮らしはじめ、俺は追い出されたんだという、転がり込んだのは順平の所だった。
それからは、バンド仲間ともうまくいかなくなって、俺は一人で会社を移籍した、順平のいる会社へ。前会社も売れっ子がいなくなり、落ちる所まで落ちていってしまった。
「兄貴の完全な逆恨みさ、何やってんだか」
「大丈夫か?」
「まあ俺は大したことないし、ドラマ撮影終っててよかったな」
「うん」
「またコンサート一緒に回ろうな」
うん、俺は涙をぽろぽろこぼしていた。
匂いの想いでは、俺の親が離婚して、両親から離れたところに恭平が転がり込み住むようになった。
柔軟剤の匂いは、彼は嫌いで、香水のにおいをぷんぷんさせていて、俺はその匂いが大っ嫌いだったんだそうだ。
「これだろ?」
順平のシャツの匂い。
「うん、これ」
俺は順平に抱き着いた。
「まったく、お前に何でもかんでもさせて部屋までぶんどったのに、すまない、金輪際手は出してこないと思うけど、身内だから、ごめん」
もういい、と俺は彼の匂いを嗅いでいた。
部屋の記憶、タブレットを見ていたあの広い部屋はどこか?
今住んでいるところだと思うと、順平とツーショットの写真をスマホで見せてもらった。笑う二人、これだと確信した。
病院を転移して三か月、やっと俺は病院を出た。
「部屋覚えてる?」
女性マネージャーの運転で家に向かっている。
「たぶん大丈夫」
「じゃあゆっきーの案内で帰ろうかな?」
「まずい、俺、マジでわかんないかも」
「何やってんの、早く乗りなさい、まずは会社に行って社長に報告するからね、そしたらすぐアルバムよ」
俺と順平は迎えに来たマネージャーの車に乗り込んでいた。
そして、今度こそは、本当の俺の世界へ戻って来た。
俺と順平の住む、あの広いワンルームマンションへ。
カーステレオから流れる曲。
「題名は?」
あと五分待てない。
五分、長いよねー。
いいかも。
いいよね、この匂い。順平の匂いを嗅いでいた。
END
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