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「おやすみー」
「おやすみなさーい」
いつもの呑み会のあとメンバーがばらばらと分かれてゆく。
帰る路線や方法が別の人たちが、少しずつ、違う方向に。
「酔ってる?」
「酔ってますよ!」
「歩ける?」
「歩けますよ当然!」
いつもの確認に、いつもの様に突っかかる。
私たちは、いつも帰りは二人になる。わざとじゃない。帰り道が同じ方向だからだ。
「じゃ行くか」
「っす!」
「どんな返事だー」
笑われて、にやけそうになるのを引き締める。飲むと笑い上戸になるの、良いなあ。
二人で帰ることになるのは、わざとじゃない。でも、私にとってはラッキーだ。単に一緒に歩いて帰るだけで、それ以上は何も無いけど……無かったけど、今までは!
「あー。こんな時間になってんのに、涼しくなんないなー」
こんな時間って、どんな時間? スマホを見ると、あと五分で「今日」が終わっちゃう。なんてこった。あと五分しかない。
「わ」
「あ」
スマホを見ていた私は、止まった背中にぶつかった。車も人も誰も居ないのに、律儀に止まるとこも好きとか思ってはっとする。なんだそれ。恋を通り越して変だ。病気かもしれない。
せっかくぶつかったので、思い切って抱き付いた。これ、完全に変なやつだ……けど、病気だから仕方ない。
「……何してんの?」
「………………ハグ?」
「質問したのに質問返すな」
笑ったらしい振動が、背中越しに伝わる。
「いや、今日、ハグの日だから 」
「はあ?」
「ハグにはストレスを減らす効果とかなんとかいろいろ良いことがあるらしくって」
ピピッと短く電子音が鳴った。
たぶん零時になった音だ。9日は終わり、ハグの日は終わり。
私はいさぎよく背中から離れた。信号もちょうど青だ。ここを渡ればあと少しで家に着く。
「以上、ハグの日しゅうりょ」
う、という部分はむぎゅっとさえぎられた。
湿っぽいシャツの胸は、背中より汗臭いような気がする。それに、熱い。どっちのか分かんない心臓の音もうるさい。
「……なにしてんの?」
「今日は、8月10日だ」
わざわざ言わなくても、知ってるよ。だからさっき止めたんだよ、ハグ。
一度止めたから、こうなっても手の行き場がない。いまさらハグ返ししても良いんだろうか。
迷ってたらもったいぶった声がした。
「8月10日は、ハートの日って言うんだよ」
ハートの日って、何の日よ。
訳が分からなくなった私は笑い転げながら、よく分からない事を言ってる人をハグを通り越して抱き締めた。 【おわる】
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