3人が本棚に入れています
本棚に追加
藤月夜
夢か現か幻か。
月影に浮かぶ娜やかな躰。
腰まで流れる艶やかな黒髪が、咲き誇る藤花の色を映して淡い光を纏い風に揺れる。
幽玄の美しさの中に儚く……しかし瞳に強い意思を宿して凛と佇むその姿には、人の命の力強さが宿っていた。
ふと。
ひとり月を見上げ何を想うのか。
紅をさした口許にふわりと艶やかな微笑を浮かべた。
人の世でも、あの世でもなく
人と妖の棲まう箱庭で
妖の花嫁御寮となることを運命られた密やかな棺の中で――。
今より少し前のこと。
とある都で一人の花魁が忽然と姿を消した。
禿や新造、下男を始め大勢の見物客の中で行われたひと際艶やかな花魁道中の最中に突然風が吹いたかと思いきや、後には藤の花の花弁が舞うばかり。
――お狐様かはたまた鬼の仕業か。
妖が攫っていったのだと怖れる者だけでなく。
花魁は藤の花の化身となって風に攫われたのだと囁く者もいれば、中には天女となって天に返ったに違いないと言う者まで出てきて騒ぎは収まる事なく、花魁の人気は一層高まったのだという。
だが、それきり花魁の姿を見た者もなく、次第にその名も人々から忘れられていった。
時が流れ、場所も変わり。
街の喧噪から離れ、白月の下、藤の花々に抱かれるように佇むその人の名は……
紫太夫、藤太夫と人の云う。
最初のコメントを投稿しよう!