最終章

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 改札を抜けて少し先に行ったところで、紺野はもう一度振り返った。三人は大きく手を振ってそれに答える。紺野はしばらくの間、そんな三人を何とも言えない表情で見つめていたが、やがて居住まいを正すと、深々と一礼した。そのまま(きびす)を返すと、ホームに上がる階段の方に歩き始める。  寺崎は、言いようのない感情が胸にこみ上げてくるのを感じた。いてもたってもいられないような衝動に駆られて改札に走り寄ると、自動改札脇の柵に両手をつき、半分身を乗り出すようにしながら、人混みに消えようとしている紺野の後ろ姿を目で追った。 「紺野!」  寺崎は叫んだ。騒がしいコンコースいっぱいに響き渡ったその声に、階段の一段目に足をかけた紺野は目を丸くして立ち止まり、振り返って寺崎を見る。  寺崎は大きく息を吸い込んだ。周囲の視線など、彼にはもう関係なかった。大事な親友に思いを届かせたい、ただその一心だった。 「絶対、幸せになれよ!」  コンコース中に響き渡ったその言葉に、紺野が大きくその目を見開いた。視力三.〇の寺崎にはそれが分かった。見開かれた紺野の目からこぼれ落ちた涙も、彼の目にははっきり見えたのだ。  紺野は荷物を足元に置くと、両手を口に当てて息を吸い込み、これまで聞いたこともないような大声を張り上げた。 「寺崎さんもですよ!」  寺崎は苦笑すると、こぼれ落ちる涙を拭いもせず、時折かすれて裏返るほどの大声を張り上げて叫び返す。 「俺は当然だ! おまえの方が心配なんだよ!」  紺野もその言葉に少し笑うと、両手を口に当て、体全体を使って叫び返した。 「約束します!」 「絶対だぞ!」  言い終えると、寺崎はにっと笑って親指を立てた。紺野も寺崎にならって親指を立てる。それから、改めて三人に向き直り、深々と頭を下げると、足元の荷物を手に取って(きびす)を返し、ゆっくりと階段を上り始める。  紺野は振り返らなかった。踏みしめるように階段を上るその後ろ姿は、見慣れたスニーカーを最後に階段上に消えた。  紺野の姿がホームに消えても、寺崎はしばらくの間、改札脇に立ちつくして動かなかった。後から後から頬を伝い落ちる涙を拭いもせず、震える唇を引き結び、拳を堅く握りしめたまま、ただじっと紺野の歩き去った階段を見つめていた。  寺崎はその時、確信していた。恐らく一生、あの男のことは忘れないと。そしていつか必ず、再び会える日が来ると。それは全く何の根拠もない直感に近い思いだったが、彼にとってはそんなことはどうでもよかった。ただ、そう信じていたかった。  大切な親友に、いつかまた会える日が来ることを。   -END- 
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