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亨也が自宅に戻って玄関の鍵を開けようとすると、中から鍵が開けられる音がした。勢いよく開けられた扉の向こうから、沙羅がぴょこっと顔を出す。
「総代、お帰りなさいませ!」
やけに嬉しそうに満面の笑顔でそう言うと、亨也のカバンを受け取ろうというのか、両手を差し出す。亨也は恥ずかしそうに笑うと、沙羅にカバンを預けて中に入った。
「紺野さんは、どんな様子?」
「さっき、夕食をとったところです。七時頃に大きな発作があって、ちょっと気を失っていたので。でも、今は大丈夫です」
「そうか、ありがとう。君にいてもらえて助かったよ」
沙羅は昨日の骨折を理由に、仕事を休んだのだ。その口実に使うため、亨也はわざと途中で治療を中断した。そのせいで、今日も沙羅はいくぶん右足を引きずっている。
「とんでもないです。お役に立てて良かったです」
沙羅はそう言うと、苦笑した。
「夕食を作るの、結局、彼にほとんどしてもらっちゃいました。ほんと、料理上手ですね、あの男」
見ると、ダイニングテーブルには、亨也と沙羅の分の夕食がきちんと並べられている。こっくりと色よく煮詰められたビーフシチューが、いいにおいをたてている。彩りよく取り合わせたサラダには、手作りのドレッシングまで添えられている。
亨也が感心したようにそのテーブルに目をやった時、奥から紺野の声がした。
「お帰りなさい、神代さん」
亨也がベッドルームをのぞくと、紺野はベッド上に半身を起こしていた。亨也を見てほほ笑んだその顔は、心なしかやつれて見えた。
「紺野さん、無理したんじゃありませんか?」
「いいえ、その位しないと申し訳なくて。僕は先にいただいてしまったんですが、よろしければ召し上がってください。結構うまくできたと思うので」
亨也はベッドサイドに歩み寄ると、紺野の様子を見るために目元にかかった茶色い髪をかき上げた。額や首元に手を当て、注意深く状態を診てから、その手を離してほほ笑みかける。
「ありがとうございます、紺野さん。遠慮なくいただきます」
立ちあがってネクタイを取り、上着をハンガーに掛ける。着替えながら、亨也は急にくすっと笑った。
「……人がいる家に帰ってきたの、何年ぶりだろう」
そう言ってベッドの上の紺野に目を向ける。
「何だか嬉しいもんですね。帰ってきて、誰かがいてくれるのって。飯ができているのも嬉しいし」
その言葉に、紺野もうなずいてほほ笑んだ。
「僕も寺崎さんの家に来た時、それは凄く感じました。ご飯ができていた時は、
やたらと感動しましたから」
「あなたも一人でしたもんね」
亨也はスーツをクローゼットにしまうと、優しい表情で紺野を見つめた。
「ありがとう、紺野さん」
紺野は赤くなって、頭を振る。
「とんでもないです。こんなことなら、いつでもやります」
亨也はほほ笑むと、静かにベッドルームを出て行った。
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