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「出流ちゃん、どうしたんだよ!」
中休みの校庭上空には、今にも雨滴が滴り落ちそうな曇天が広がっている。
人気のないビオトープに出流を呼び出した黒川は、湿った空気を揺るがすような大声で、我慢しきれなくなったように叫んだ。
「誘っても全然答えてくれないし、話しかけても何か上の空で。今日だって、また放課後会えないんだろ。いったいどうしたんだよ!」
出流は何も言わず、無表情に黒川を見つめている。
「ひょっとして、寺崎のこと気になってるのか?」
出流は少しだけ眉根を寄せ、けげんそうな表情をした。
「ここんとこ、寺崎のことばっかり見てるだろ」
「……そう?」
「そうだよ。まさかもう心変わりしたってわけじゃないよね?」
出流はその凛としたまなざしで、まっすぐに黒川を見つめたまま何も答えない。
「あの映画館で僕のことを誘っておいて、どういうつもりなんだよ!」
「男って、どうしてああなの?」
出流は唐突にこう言うと、心持ち首をかしげて黒川を見た。
「ちょっと女に誘われると、我慢できなくなって最後までいっちゃうのよね。ああいう時、どうして考えられないんだろう。このままこんなことをしていいのかどうか、こんなことをしたらどんな結果が待っているのかって……」
そして、鋭利な刃物のような目線で黒川を見据えながら、低い声でこう言う。
「あの時、あたしは中出しして大丈夫って言ったけど、ああ言われなくても、あなた我慢できなかったでしょ」
黒川は目を見開いて言葉を飲み込んだ。
「もしあたしが妊娠の可能性のある日だったら、どうする気だったの? そのまま出して、もし妊娠して子どもができたら、どう責任を取るつもりだったの?」
「責任って……」
「どうしてそういうことをする前に、そこまで考えないの? 生まれてくる子どもには何の責任もないのに。ただ新しい世界にわくわくしながら、希望に満ちて出てくるだけなのに。その子をしっかり受け止めてやれる覚悟もかい性もないくせに、軽々しくそんなことをするもんじゃないんだよ!」
出流が叫ぶと同時に強い風が吹き渡った。ビオトープの池がさざ波を立てて揺れる。
「……それを、確かめたかっただけ」
出流はそう言うと、遠い目をした。
「それ以外、深い思いはないわ」
黒川は両手を堅く握りしめて黙っていたが、やがて震える声を絞り出した。
「僕は、本気だった」
黒川を冷然と見やった出流は、その目を少しだけ見開いた。
黒川の頬を、涙が幾筋も伝っていたのだ。
涙は顎の先から滴り落ち、足元の草原に小さな音をたてた。
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