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「確かにその後のことを考えていたとは言えない。場の雰囲気に流されたっていえば、その通りだと思う。君のことを傷つけるかどうか、そんなことにも思い至らなかった。それはその通りだ」
黒川はそう言うと、涙にぬれた顔を上げ、出流をまっすぐに見つめた。
「でも、本気だったんだ! 君のことが本当に好きだと思ったから……。軽々しくあんなことをしたのは謝るよ。でも、本当に好きなんだ!」
「好きだからって、何をしてもいいの?」
出流は冷ややかに黒川を見下ろしながら、淡々と言葉を継ぐ。
「その後に起こりうることを考えるべきなのよ。だって生まれてくる子どもは、生まれる先を選べない。その子の人生を一生支えていく覚悟がなければ、セックスなんてするべきじゃないのよ」
それから黒川を真っすぐに見つめ、バッサリと切り捨てた。
「あなたはその程度の人間だった。だからもうこれ以上、あなたに用はないの」
息をのんで立ちすくむ黒川を残し、出流は踵を返した。ビオトープを抜け、こんな曇天にもかかわらず楽しげに談笑する生徒たちの間を抜けて、振り返りもせず歩いていく。
そんな制服姿の生徒たちとは異質な男が一人、昇降口脇に立っていた。黒いTシャツにジーンズ姿の、すらりとしたモデルのような風貌の、男。
出流はその男を刺すような目つきで一瞥すると、足を止めた。
「あなたの言っていることも、一理ありますけどね」
男はそう言うと、ジーンズのポケットに手を突っ込んでゆっくりと出流の方に歩み寄ってきた。茶色い髪が、湿った風にさらさらと揺れている。
「でも、男ってそういう生き物なんですよ」
「それで片付けられたら、こっちはたまんないのよ」
「それも当然ですね」
男……神代亨也はそう言うと、周囲を見回した。
「少し、お時間をいただけませんか」
「何の話?」
出流はその両眼に鋭い敵意をみなぎらせた。
「場合によっては、実力行使も辞さないわよ」
「紺野さんのことです」
出流の動きが、一瞬止まった。
「明日のこと、知っているんでしょう。あなたに聞いておきたいことがいくつかあって。十分程度でいいんです」
出流は警戒心をあらわにしながら亨也をにらみ付けていたが、やがて小さく息をついた。
「……言っとくけど、変なことをしようとしたら容赦しないから。この学校ごと、この辺の人間全部吹っ飛ばすから。そのつもりでね」
「穏やかじゃありませんね」
亨也は苦笑すると歩き始めた。出流も黙ってその後に続く。
「もとよりそんなつもりはありませんよ。明日が控えているのに、そんなことをしている場合じゃない」
亨也と出流は、連れ立って校門の外に出て行った。
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