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亨也と出流は、川沿いのサイクリングロードに出た。
出流は穏やかなその風景に目を細めながら、ぽつりとつぶやいた。
「いつも、この風景を見てた」
亨也はちらっと斜め後ろに立つ出流に目を向ける。
「毎日毎日……出かけられても、ここがせいぜいなのよ。電車に乗るのも一年に一回か二回。楽しみなんて、何もありゃしない」
享也は、遠いまなざしでつぶやく出流をじっと見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「昨日、あの部屋を見て、何か分かりましたか?」
出流は腕組みをすると、バカにしたように鼻で笑う。
「別に。ただあたしは、あの男を殺しにいっただけだし」
それから、嫌味たらしく口の端を上げて亨也を見やる。
「でもまあ、あたしが手をくださなくても勝手に死んでくれそうだってことは分かったかも」
「彼は死なせませんよ」
亨也は静かにそう言うと、曇天の下をゆったりと流れる川面に目を向ける。
「何とかギリギリでいけそうだってことが分かりましたから」
出流はわずかに眉を上げて亨也を見つめた。
「……あんた、死ぬつもり?」
亨也はその問いには答えず、ちょっと笑って肩をすくめてみせる。
「あなただって正直なところ、彼に死んでほしくないんでしょう」
「は? ……何言ってんの?」
いかにも不快そうに顔をゆがめた出流を、亨也は穏やかな、どこか優しい目で見つめた。
「私は、今まで何回も彼の治療をしてきましたが、毎回、何か違和感を覚えていましてね。ごく最近までそれが何なのか分からなかったんですが、この間、ようやく分かったんですよ。違和感の原因が」
出流は黙って亨也をにらんでいる。亨也はそんな彼女の視線を受け止めながら、静かにこう言った。
「あなたは、絶対に彼にとどめを刺さない」
出流は、ぴくりとその形のよい眉を上げた。
「あの時、彼は腹を裂かれていた。あの傷はナイフなどは使わず、手でじかに裂いたものでしょう。そのまま心臓でも何でも内臓をつかんで引きずり出せば、彼はすぐに死んだ。それなのに、あなたはなぜかそうはせず、そのまま彼を階段から突き落とした」
亨也はひと呼吸置くと、出流の顔をじっと見つめる。
「……なぜなんですか?」
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