47人が本棚に入れています
本棚に追加
亨也は静かに頭を振った。
「そんなことはしなくて結構です。気に障ったのなら謝りますが。そんなことをしている暇に、先ほどの件を考えてください」
それから、真剣なまなざしで優子を見つめる。
「時間がないんです。彼はもうこれ以上、あの頭痛に耐えることは難しい。彼の精神力をもってしても、痛みに耐えかねて自死するのは時間の問題でしょう」
「……いい気味よ」
つぶやくようにそう言うと、優子は黙り込んだ。
亨也はそんな優子をじっと見つめていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「私は、彼がどうして再生したのか、ずっと調べていました」
足元に目を落としていた優子は、目線をちらっと上げて享也を見た。
「だって不思議な話ですから。彼自身は死のうと思っていたわけですから、墜落する自分の体から女性の体に体細胞を転移させるなんていうことを、もとよりするわけがない。でも彼は紺野美咲という女性の体に宿り、再生を果たした。誰か他の能力者がそこに関与していると考えた方が、自然です」
亨也は、出流……もとい、優子を、まっすぐに見つめた。
「あなたが、やったんじゃありませんか?」
優子は、その目を大きく見開いた。
「やろうと思ったかどうかは別として、あなたは自分の父親をあのまま殺すに忍びなかった。だから、無意識に彼の体細胞を転移させた。今、彼にギリギリでとどめを刺さないのと同じように。私は、そう思っているんです」
優子は無言だった。足元に目線を落とし、じっとして動かない。ただ、握りしめられた両の手が、微かに震えているように見える。亨也は、そんな優子を心なしか悲しげな目で見つめていた。
「だから私は、一見むちゃなこの話をあなたにしようと思った。そして、それは無駄ではなかったと、……そう信じています」
一言の言葉を発することもなく、じっと足元を見つめて動かない優子に、亨也は小さく頭を下げた。
「授業中、お時間をとらせてすみませんでした。私の話はこれだけです。ありがとうございました」
そう言って踵を返し、川沿いのサイクリングロードを、高校とは逆方向に歩き始める。
亨也の姿が視界から消えても、出流の姿をした優子は動こうとはしなかった。固く両手を握りしたまま、いつまでも曇天のサイクリングロードに立ちつくしていた。
最初のコメントを投稿しよう!