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寺崎はしばらくの間、何も言えなかった。相手が相手だけに即座に信じられないことは確かだ。普段の彼なら、何か裏があると考えたに違いない。だが、寺崎はこの時ばかりは小さい声でこう聞いた。
「……マジで?」
出流は無表情にうなずく。
「ただし条件がある。あたしを一緒に連れて行け」
「いずるちゃんを?」
すると出流は小さく頭を振った。
「アリゾナまで転移するのは、この子の体を使ったんじゃ無理だ。あたし本体が行く。でも、あたしは自分一人では動けない。おまえがあたしを抱えて連れて行くというんなら、おまえも一緒にアリゾナに行かせてやる」
それから、その頬になぜだか自嘲的な笑みを浮かべると、こんなことをつぶやいた。
「この子には恩がある。おかげで、高校生活ってやつも多少は体験できたしね。危ないところには行かせられない」
改めて寺崎に向き直ると、その凛としたまなざしで真っすぐに見つめる。
「どうする?」
寺崎はそんな彼女を疑わしそうな目でじっと見つめ返した。
「ほっといても、紺野は死ぬかもしれない状況にある。そんなところに行っておまえは何をする気だ? 紺野にとどめでも刺す気なのか?」
出流は首を横に振ると目線を落とし、つぶやくようにこう言った。
「顔を、見せる」
寺崎は大きくその目を見開き、出流の姿をした優子を瞬ぎもせず見つめた。
「あいつはあの時、死ぬ前にあたしの顔が見たいと言った。もしこのままあいつが死ぬんだとしたら、顔くらいは見せてやろうと思った。……それだけだ」
寺崎は黙ってそんな出流を見つめていたが、やがて大きくうなずいた。
「分かった」
出流に正面から向き直って居住まいを正すと、深々と頭を下げる。
「よろしく、頼む」
出流は無表情にうなずいたが、ややあって、ぽつりとこう付け加えた。
「このことは、神代総代とやらには、言うな」
寺崎は出流の表情をじっとうかがい見た。
「あたしやあんたが来てるなんて知ったら、きっとシールドどころじゃなくなるだろうからね」
そう言って苦笑まじりの笑みを浮かべる出流の表情からは、その奥に隠された真意を読み取ることは難しかった。寺崎は期待と不安が複雑に入りまじった表情を浮かべながら、乾ききった喉の奥に、無理やり唾液を送り込んだ。
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