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「私は恐らくシールドを張るので精いっぱいだ」
そう言うと、つらそうに目線を落とす。
「意識がある状態では、彼は恐らく百パーセントの解放をすることはできないだろう。だから彼には麻酔を使って眠ってもらい、例の鎮痛剤……麻薬を注射する。そうしたら、彼にできるだけ近い場所で、私はシールドを展開するつもりだ」
そう言って目線を上げ、沙羅を見つめる。
「君にはその間、彼の意識を見張っていてほしい。たとえ無意識でも、彼の性格は油断がならないから……。もし途中で、彼が力の解放をためらったりしたら、全てが水の泡になってしまう。それを、避けたいんだ」
沙羅は瞬ぎもせず亨也を見つめながら、ごくりとつばを飲み込んだ。
「おそらく、彼の能力影響で周囲は悲惨な状況になると思うが、彼がそうした状況に一切気づかないよう、彼の意識と外界を遮断し続けてほしい。遊休地の外に被害が及んだり、……万が一、私に何かあったりした場合、それをもし彼が知ってしまったら、彼は恐らく一気に力を自分に向ける。それだけは、何としても避けたいんだ」
そう言って亨也は、じっと手元に目を落とす。
「そんな状況には、私もできればしたくないんだが。絶対に大丈夫とは言い切れないからね」
心なしか青ざめてそんな亨也を見つめていた沙羅は、ややあっておずおずと口を開いた。
「総代が危険な時も、遮断し続けなければならないんですか?」
亨也は、深々とうなずいた。
「そのために君にお願いしている。神代随一のテレパスである、君に」
驚愕に頬を引きつらせて自分を見つめる沙羅に、亨也はやけに明るくほほ笑みかけてみせた。
「大丈夫、私だって死にたくはないから。計算上は、ギリギリで大丈夫だという結果もでているし。念のため、言っていることだから」
だが、沙羅は硬い表情を浮かべてじっと黙っているだけだった。
その時、玄関チャイムのやけに脳天気な音が鳴り響いた。うつむく沙羅を残し、亨也は立ちあがると、玄関の扉を開けた。
「総代……」
息を弾ませながらそこに立っていたのは、制服姿の寺崎だった。先ほど、紺野の見舞いでみどりが自宅に来る旨を、亨也が送信で伝えたのだ。
「いらっしゃい。みどりさん、いらしていますよ」
「どうもありがとうございます」
寺崎は恐縮しきって頭を下げると、亨也に促されて靴を脱いだ。
寝室に案内されて中をのぞくと、ベッドで紺野が眠っていた。ベッドサイドのソファには、みどりが座っている。
みどりは紺野の髪をそっとなでていた。愛おしそうに、優しく、何度も。頬を伝い落ちる涙が、顎を伝ってパタパタと音をたてて滴り落ちている。寺崎は声をかけられず、部屋の入り口に立ちつくしていた。
「……紘?」
と、みどりが気配に気づいたのか、涙にぬれた顔を上げた。
「ああ」
寺崎は短く答えると、ゆっくりとソファの側に歩み寄る。みどりは紺野の寝顔を見つめながら、悲しげにほほ笑んだ。
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