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「紺野さんて、眠っている時は本当に無邪気というか、無防備というか……かわいいわね」
みどりの言葉に、寺崎は黙ってうなずいた。
「こんなたいへんな状況だってことが、ウソみたい」
「そうだな」
寺崎も、何とも言えない表情で紺野の穏やかな寝顔を見つめる。
「ほんとうに、ウソだったらいいのにな」
と、話し声に気がついたのだろう、紺野の眉がわずかに動いた。
うっすらとその目を開けた紺野の顔を、みどりは身を乗り出してのぞき込む。紺野はぼんやりと目を開けているだけだったが、やがて目の前にあるのがみどりの顔だということに気づくと、驚いたようにその目を見開いた。
「……みどりさん?」
「紺野さん、久しぶり」
みどりは泣き笑いのような表情でほほ笑んだ。
「神代先生に、連れてきていただいたの」
「そうだったんですか……」
紺野は弱々しくほほ笑むと、よろよろと起き上がって頭を下げた。
「すみません、わざわざ……」
「何を言ってるの」
みどりは苦笑すると、紺野の頬にそっと手を添えて、愛おしそうにその瞳をのぞき込む。
「大事な息子に会いに来るのに、わざわざも何もないでしょう」
みどりはソファから身を乗り出すと、こらえきれなくなったように紺野の痩せた体を両手で力いっぱい抱きしめた。
「みどりさん……」
「紺野さん、絶対に死んじゃだめよ!」
紺野をきつく抱き締めたまま、みどりは普段より激しい語調で語りかける。
「何としても生きて帰ってきて! 私はずっと待っていますからね。あなたがまたうちに来てくれるのを……。それを、忘れないでくださいね!」
紺野を抱きしめる腕に力を込めながら、みどりは言葉を継いだ。
「そうしたら、また朝ご飯をつくってくださいね。私も、おいしいお夕食を作って待ってますから……。そうだ! 夏になったら、みんなで旅行にでも行きましょう。海がいいかしら、それとも、山? 紺野さん、決めてくださいね……」
最後は涙声でこう言うと、みどりは紺野の体から手を離した。そのまま、ベッドに突っ伏して泣き崩れる。
紺野は何を言う事もできずに目の前で震えるみどりの背中を見つめていたが、居たたまれなくなったように喉を震わせると、目線をそらしてうつむいた。
離れたところに立っていた寺崎は、沈痛な面持ちでそんな二人を見つめていたが、そこでおもむろに口を開いた。
「紺野は、死なねえよ。……な、紺野」
うるんだ瞳で自分を見上げた紺野に、寺崎はにっと泣き笑いのような表情をして見せる。
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