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「だって、おまえも帰りてえんだもんな。生きてえんだもんな。……そのために、努力するんだもんな」
寺崎は、先日自分に向かって紺野が言ったことを、かみしめるように繰り返してみせる。紺野もその時のことを思い出したのか、深々とうなずいた。
「……はい」
みどりは涙でグシャグシャになった顔を上げると、紺野の手を取った。
「絶対よ、紺野さん」
紺野はそんなみどりの目を見つめながら、はっきりとうなずいてみせた。
「よし、決めた!」
と、突然寺崎が、やけに明るい口調でこう言ったので、みどりも紺野も、けげんそうな表情を浮かべて寺崎を見上げた。
「紺野が無事に戻ってきたら、みんなで旅行に行こう!」
唐突なこの発言に、みどりも紺野も、あっけにとられて寺崎を見つめた。寺崎はそんなことには一切頓着なく、勝手に話を進めていく。
「どこがいいかな……旅行っつっても、今回、アリゾナなんてすげえとこに行っちゃうからなあ。近場の温泉なんか行っても、感動薄いよな……」
すると紺野が、何を思いだしたのか少しだけ笑顔になって口を開いた。
「僕、温泉って入ったことがないんです」
寺崎はびっくりしたように目を丸くして紺野を見やる。
「マジ? じゃあさ、おまえ、箱根とかでも感動してくれたりする?」
紺野は深々とうなずいた。
「実は、一度温泉に入ってみたかったんです。修学旅行でずいぶん昔に箱根に行ったんですが、その時に熱を出してしまって、温泉に入れなかったので……」
寺崎は数刻ポカンとしていたが、ややあってぶっと吹き出した。
「やっぱおまえ、意外性ありすぎだな。こんな生きるか死ぬかの一大事に、温泉旅行かよ……」
寺崎はようやく笑いを収めると、紺野を見てにっと笑った。
「よし、分かった! 今回無事で帰ってきたら、みんなで箱根温泉旅行だ!」
それからダイニングの方に振り返ると、部屋の入り口にたたずむ亨也を見やる。
「その時は、総代もご一緒していただけますよね?」
亨也はいきなりふられて何のことだか分からなかったらしい。即答できずにいると、寺崎はこう続けた。
「今回は、ご苦労さまでしたってことで、みんなで旅行に行きましょうよ! この一大事に関わった人間、みんなで……いかがです?」
亨也はようやく寺崎の意図を理解したのか、戸惑ったような笑みを浮かべた。
「いいんですか? 私なんかが加わって……」
「何言ってるんすか!」
寺崎はちょっと怒ったようにこう言ってみせると、奥に座っている沙羅にも声をかける。
「神代先生も、ぜひご一緒に! 箱根なんて、超近間で退屈でしょうけど」
ダイニングテーブルに座ってうつむいていた沙羅も、その言葉に思わず顔を上げて苦笑した。
「そうね。ぜひご一緒させていただきたいわ。何だか楽しそうですもの」
「やった! ありがとうございます!」
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