第四章 転落

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 寺崎は明るくそう言ってから、おもむろに首を巡らせて紺野に向き直る。 「……つーことで、責任重大だぞ、紺野」  紺野も顔を上げ、寺崎の視線を受け止める。 「箱根温泉旅行のためにも、おまえは何としても生きて帰ってくるんだぞ。神代総代も、神代先生も、誰一人欠けずに帰ってきて、みんなで温泉旅行に行くんだからな!」  寺崎の言葉に、沙羅も、そして亨也も、何だか救われるような気持ちでうなずいた。  と、寺崎が、何とも決まり悪そうにこう付け足す。 「ただ、旅行代金は皆さん各自で自腹ってことで……よろしいっすか?」  その言葉に、亨也はぷっと吹き出した。みどりも、息子の言葉に恥ずかしそうに苦笑している。沙羅と紺野は、下を向いてくすくす笑っている。 「大事な予定が決まったみたいで、よかったです」  亨也は笑いをおさめると、寺崎とみどりに向き直った。 「では、そろそろ次の作業にかかってよろしいでしょうか。紺野さんの発作があってもおかしくない時間帯に入ってきましたので。寺崎さん、タクシーを呼びますので、みどりさんを送っていっていただけますか」  亨也の言葉に、寺崎は改めて紺野を見つめ直した。紺野もじっと寺崎を見つめ返す。  寺崎は紺野の頭に手を伸ばし、その頭をぐしゃぐしゃっとなで回した。 「がんばれよ、紺野!」  そう言って、にっと笑う。 「一緒に箱根に行こうな!」  紺野はそんな寺崎を何とも言えない表情で見つめていたが、やがて深々とうなずいた。 「……はい」  そして、いつもの、優しい笑顔を浮かべる。 「寺崎さん、……本当に、ありがとうございます」 「礼なんかいらねえよ」  寺崎は照れたようにそう言って、にっと笑った。 「俺が欲しいのは、おまえが生きて帰ってくることだけだからさ」  紺野はその言葉に深々とうなずくと、かみしめるように言った。 「必ず、帰ってきます」  そして、泣き笑いのような表情を浮かべる。 「そうしたら、箱根に連れて行ってくださいね」  寺崎も何だか泣きそうな表情で笑うと、うなずいた。 「約束だ。一緒に芦ノ湖を渡ろうな!」  寺崎はそう言うと、立ちあがってみどりを支えた。みどりは、潤んだ目で紺野を見つめている。 「じゃあ紺野さん、行くわね。必ず、また会いましょう」 「みどりさん……」  紺野はよろよろとベッドから降りると、みどりと寺崎を見送りに玄関に出た。  玄関先でもう一度振り返ったみどりは、紺野の手を取って固く握りしめた。 「あさって、また会いに来ますからね」  紺野はみどりの手をそっと握り返し、深々とうなずく。 「その時、箱根旅行のことを、みんなで詳しく決めましょう」 「はい」  みどりは引きつる頬を無理やり引き上げてにっこりほほ笑んでみせると、寺崎とともに亨也のマンションをあとにした。名残惜しそうに、何度も何度も振り返りながら……。
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