第四章 転落

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 その後、亨也は沙羅と紺野の傷を完全に回復させた。病院側にどうのこうのという問題ではない。不安材料はできるだけ取り除かなければ、成功の可能性はさらに低くなるからだ。  紺野を治療し、沙羅の治療に移る。その最中、紺野の発作が起きた。発作はさらに強まっているようで、継続時間も六分近い。あまりの激痛に、紺野は発作中に吐いた。吐しゃ物はすぐに転送したものの、そのまま気を失った紺野を、亨也は居たたまれない表情で見つめていた。 「……何としても、明日は成功させないとな」  沙羅の治療を再開しながらひとり言のようにつぶやく亨也を、沙羅は不安そうな目でちらっと見やった。 「総代……」 「え?」  沙羅はしばらく言いよどんでいたが、やがて思い切ったように口を開いた。 「私、自信がありません」  硬い表情でうつむく沙羅を、亨也は黙って見つめた。 「総代が危険な状態の時、あの男の意識をシールドし続けられるかどうか……自信が、ないんです」  沙羅は消え入りそうな声で言葉を継ぐ。 「今回の目的は重々承知しています。寺崎さん達のためにも、あの男を助けたい。でもその時、総代が危険な目にあっていたら……私、総代の方を選んでしまうかもしれない」  亨也は、それきり口をつぐんでいる沙羅の、その絹糸のような美しい髪を言葉もなく見つめていたが、やがて目線を落すと、静かに口を開いた。 「どのみち、私は死ぬ運命だ」  背筋を駆け上がる戦慄(せんりつ)に、沙羅は息をのんだ。 「紺野が神代総代を継ぐべき存在であるなら、私は即刻その命を絶たれなければならない。今回、もし運良く生き残ったとしても、すぐに一族に粛正されるだろう」  亨也は穏やかなまなざしでどこか遠くを見つめながら、淡々と言葉を継いだ。 「だったら、このまま死んだ方が簡単だ。私が死ぬ気で最大エネルギーを出し切れば、被害はあの遊休地の中だけで済む計算だ。だが、私がもし生き残ることを考えたら、被害は広大な範囲に及ぶだろう。私以外の罪もない普通の人たちが、おおぜい死ななければならない。……そんなの、おかしいだろ?」  亨也はそう言うと、まるで同意を求めるかのようにちょっと笑って沙羅を見る。  沙羅はしばらくは何も言えずにそんな亨也を見つめていたが、やがて震える声を絞り出した。 「総代、私……総代と一緒にいます」  亨也は驚いたようにその目を見開いたが、すぐにきっぱりと(かぶり)を振る。 「そんなことはしないでくれ。君の能力なら、遊休地の外からでも十分に紺野の意識を操れる。何もわざわざ、危険を冒すことは……」 「いいえ!」  沙羅は亨也の言葉をさえぎってそう叫ぶと、震える声でこう言った。 「私……総代のこと、ずっと、好きでした」  亨也は目を見開くと、涙で潤んだ沙羅の瞳をまじろぎもせず見つめた。
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