第四章 転落

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 出流はじっと自分のベッドに腰掛けたまま、何も言えずにただぼうぜんとしていた。たった今、優子が送信してきたその事実に、思考が完全に停止してしまっていた。 【仕方ナインダ】  ややあって、優子の遠慮がちな送信が届いた。 【コレ以上、出流チャンノ体ニイサセテモラウト、出流チャンニトッテモ負担ダケド、アタシ自身モモウ限界ナンダ】 「じゃあ、あたしはどうしたらいいの?」  出流はやっとのことで言葉を絞り出すと、震える手を握りしめる。 「優ちゃんがいなくなったら、またあたしはさえないいじめられっ子に逆戻りになっちゃう。勉強もできない、運動もできない、気が弱くて意見も言えない、寺崎くんに見向きもされない女の子に……」  こみ上げる嗚咽に言葉を奪われた出流は、その目から涙をあふれさせながらしゃくり上げる。優子はそんな出流の様子を見るように沈黙していたが、やがてぽつりと、こんなことを送信してきた。 【出流チャン、リレー選ニ立候補デキタジャン】  出流はハッとしたようにその目を見開いた。 【百メートルノ記録モ、三秒近ク縮メタッテ話シテクレタヨネ。ソノ時、アタシハイナカッタンダヨ】  優子の送信を感受しながら、出流はじっと足元を見つめている。 【勉強ダッテ、諦メズニヤッテミナヨ。アタシガ勉強ヲヤレタノハ、面白カッタカラ。ヤレルダケデ、嬉シカッタカラ。ダッテ今マデ、アタシハ動ケナカッタンダモン。教室デ、同ジ年ノ友達ニ混ジッテ一緒ニ授業ヲ受ケルコトガ、嬉シクテ嬉シクテ仕方ナカッタンダ。タダ、ソレダケ】  出流は、優子が優しくほほ笑んでいる気がした。 【ダカラ出流チャンモ、面白イカモッテ思イ直シテヤッテミテ。絶対、前ヨリハデキルヨウニナルカラ。デキルヨウニナレバ、モット面白クナルカラ。大変ナノハ、最初ダケダヨ】 「優ちゃん……」 【ソウスレバ、少シズツ自分ニ自信ガ持テル。自信ガ持テルト、人カライジメラレタリ、無視サレタリスルコトモ少ナクナルヨ。人カラサレタコトガ、気ニナラナクナッテクルカラ。反応ガナケレバ、ミンナツマンナクナッテ、ソウイウ事モヤメルハズ】  いつのまにか出流は泣くのをやめて、じっと優子の送信に集中していた。 【……出流チャンハ、幸セナンダヨ】 「幸せ?」 【ソウ。両親ガソロッテイテ、金銭的ニモ不自由ガナクテ、外見的ニモカナリイケテテ、何ヨリ、自由ニ動ク手足ヲ持ッテイテ】  優子はふっとため息をついたようだった。 【アタシニハ、何モ無カッタ。親モ、金モ、見テクレダッテコンナンジャドウシヨウモナイシ、動ケナイシ……。ズット恨ンデタ。周リノ者、ミンナ。何モカモ、敵ノヨウナ気ガシテタ】  かけるべき言葉も見つからず、つらそうにうつむく出流に、優子は明るくこんな言葉を送信してきた。 【デモネ。出流チャンニ会エテ、良カッタヨ】  その言葉に驚いたように目を見張り、出流はうつむいていた顔を上げた。 【ホントノコト言ウト、最初、アタシハ出流チャンヲ利用スルツモリダッタ。ウマイコト言ッテ、体乗ッ取ッテ、ヤリタイ事ヤロウッテ、ソンナ事考エテタ。デモ、出流チャンハ、ソンナアタシノコト、何ヒトツ疑ワナカッタ】  優子は一度送信を切ると、思いのたけを絞り出すように言葉を継ぐ。
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