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「家族風呂、今すぐなら空いてるって。五時以降になると予約埋まってるらしいから、最初に風呂行こうか」
「そうか。じゃ、みどりさん、行きましょう」
笑顔でそう言って、荷物から風呂の道具を取りだし始めた玲璃を、ゆったりした籐いすに座っているみどりは申し訳なさそうに見やった。
「申し訳ありませんね、玲璃さん。何だったら、紘と二人で行きますよ。こんな所に来てまで、疲れることをしなくても……」
「何を言ってるんですか。私はある意味そのために来たんですよ。ほんと、気になさらないでください」
そう言って玲璃は笑うと、テキパキと風呂の準備を続ける。寺崎もみどりの風呂の準備をしていたが、部屋の片隅に立ち尽くして用意を始めようとしない紺野に声を掛けた。
「何ぼんやり突っ立ってんだよ、紺野。おまえもさっさと用意しろよ。念願の風呂だぞ、風呂」
紺野は曖昧な笑みを浮かべると、言いにくそうに口を開いた。
「あの時はそう言ったんですが、……すみません、寺崎さん。やっぱり僕、お風呂は遠慮しておきます」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げた寺崎が、眉根を思い切り寄せて詰め寄ってきたので、紺野は思わず一歩あとじさる。
「おまえさ、今さら何言ってんの? 何のために箱根くんだりまで来たんだと思ってんだよ」
「す、すみません……でも、よく考えたら僕、温泉に入れる体じゃないんで……」
「体? 何? おまえ、持病でもあったっていうのかよ」
二人の会話を聞いていたみどりが、ハッとしたように顔を上げた。
「持病はないんですが、なんと言いますか、その……」
言いながら、自分の腕をそっと押さえる紺野のしぐさに、寺崎もようやく気づいたらしい。はっとしたように口をつぐむと、目線を泳がせて黙り込む。
四人の間に、気まずい沈黙が流れた。
しばらくの間ののち、みどりが遠慮がちに口を開いた。
「……じゃあ、紺野さん、私と入る? 家族風呂なら、人に見られる心配もないし」
目をまん丸くして、耳まで真っ赤になった紺野を見て、寺崎は思わず吹き出した。
「いいよ。紺野、行こうぜ」
紺野はおずおずと寺崎に目を向ける。
「気にすんな。そんなの、誰も見ちゃいねえって。他人のことなんか、みんな気にしてねえんだから。おまえがどうしても気になるっていうならしかたねえけど、せっかく来たんだもん、入ろうぜ。な」
「寺崎さん……」
紺野はしばらくの間、うつむいて黙り込んでいたが、ややあって、ゆっくりとうなずいた。
「分かりました」
「やった! そうこなくっちゃ」
嬉しそうにガッツポーズをする寺崎を見て、紺野は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ただ、ほんとに半端ないので……寺崎さん、もし嫌だったら、離れていてくださいね」
「何言ってんだ。俺が何を嫌がるってんだよ、バカ」
寺崎はそう言って笑うと、ウキウキと風呂の準備を続けた。
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