最終章

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 寺崎は、Tシャツを脱いだ紺野を見て、言葉を失っていた。  居合わせた中年男性がぎょっとしたように紺野に目を向けたが、それ系の人間だと思ったのか、慌てて目をそらし、そそくさと浴室に入っていった。  腕の傷ばかりではない。体中が傷だらけだったのだ。寺崎と出会ってから幾度も瀕死(ひんし)の重傷を負い、体中にいくつも大きな傷を負ってきた紺野。そのたびに亨也が修復してくれていたとはいえ、顔など目立つ所以外は表層にどうしても傷が残るのだ。それが全く分からなくなるまで修復するには、かなりの時間をかけなければならない。次々に大きな傷を負った紺野に対して、そこまで丁寧にしている余裕はさすがの亨也にもなかったのだろう。先日、脇腹や肩に受けた傷が、まだ新しく最も目立っていた。 「……おまえ、つくづくたいへんだったんだな」  寺崎がため息まじりにこう言うと、紺野は恥ずかしそうに笑って目線を落とした。 「ほんとにいいですよ。離れていて……」 「何言ってんだよ!」  寺崎は慌てて腰にタオルを巻くと、紺野の首に腕を回して引き寄せた。 「おまえの背中流してやりたかったんだ、俺。行くぞ!」  寺崎は紺野をぐいぐい引っ張りながら、大浴場に入っていった。    ☆☆☆  四人は運ばれてきた豪勢な海の幸、山の幸に目を見張っていた。  移動が億劫(おっくう)なみどりのことを考え、食事は部屋に運んでもらうことにしたのだ。 「すげえだろ、ここは値段の割に料理がいいって評判なんだ」  浴衣姿の寺崎は、机を部屋の端に移動して座椅子を壁際にセットし、みどりを座らせた。自分はその隣に座ると、斜め前に立つ玲璃に目を向けて何か言いかけ……その目を見はって凍りついた。  玲璃の髪は四月当初は長めのショートだったが、最近は肩を覆う位の長さにまで伸びている。まだぬれている髪を無造作にまとめ上げ、浴衣をさらりと着たその姿は何とも色っぽい。寺崎は半分口を開けて、そんな玲璃に見とれていた。 「何だ? 寺崎」  視線に気づいた玲璃がいぶかしげに聞き返してきたので、寺崎は慌てて目線を泳がせる。 「え、いや、何でも……。取りあえず座ろ。料理冷めちゃうし」  寺崎の向かい側に玲璃、みどりの向かい側に紺野が座ると、寺崎はジュースの瓶を開けてコップに注ぎながら、ちらっとみどりをうかがい見る。 「……ビール頼んじゃ、だめだよね」  そんな寺崎に、みどりはちらりと厳しい目を向ける。 「何か言ったかしら? 未成年」 「いや、何でもないっす」  しゅんとしおれた寺崎を見て、玲璃はくすくす笑った。紺野も苦笑しながら注がれたジュースをそれぞれの前に置く。 「じゃ、乾杯……って、何に乾杯する?」  寺崎の言葉に玲璃は斜め上に目を向けて考えていたが、やがて笑顔でこう言った。 「ここにいるみんなの新しい未来に、かな?」  寺崎もみどりも感心したようにうなずく。 「確かに、それ滅茶苦茶いいかも。じゃ、先輩音頭お願いするっす」  玲璃は恥ずかしそうにうなずくと、グラスを手にする。他の三人もグラスを手にして玲璃を見つめた。 「じゃあ、みんなの新しい未来に、乾杯!」 「乾杯!」  全員のグラスが、カチンと涼しい音をたてて触れ合った。 ☆☆☆ 
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