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甲板に出ると、船のエンジン音とともに、湖面を吹き渡る強い風が吹き付けてきた。
真っ青な空に、水面が日差しを受けてキラキラ輝いている。甲板にいる観光客たちは一様に笑顔を浮かべながら、風景を眺めたり写真を撮ったり、思い思いに楽しんでいる。
寺崎は紺野を引きずってそんな観光客の間をすり抜けると、人気の少ない船首付近でようやくその手を離し、彼に向き直った。
紺野は寺崎に目を合わせようとはせず、黙って斜め下を見つめている。ようやく追いついてきた玲璃が、紺野をにらみつけている寺崎を不安そうに見やった。
「いったい、どうしたんだ? 二人とも……」
寺崎はその問いには答えず、紺野をにらみ付けながら低い声音で問う。
「おまえ、何か、ずっと変だったよな」
紺野は答えなかった。長いまつ毛を伏せて黙っている。
「話しかけても上の空だし、あんま話さねえし。……どうしたんだよ」
その言葉に、玲璃は思わず苦笑した。
「もともと、紺野はそんなに喋る方じゃないだろ。私は、別に変だとは思わなかったけど……」
寺崎は斜め後ろに立つ玲璃を横目で見やった。
「少しだけど、一緒に暮らしたことがあっからな、俺は。勘みてえなもんが働くんだ。おふくろも何か感じてたみてえだけど」
そう言うと、怖いくらいの目で紺野をにらみ付ける。
「せっかくおふくろがああ言ってくれたんだ、話せよ。いったいおまえ、何を隠してんだ?」
うつむいて黙っている紺野の顔を、風に吹き散らされた茶色い髪が無造作になでる。玲璃は不安そうにそんな紺野を見つめていた。
ややあって、ようやく紺野が遠慮がちに口を開いた。
「……です」
エンジン音が響き渡り、甲板は結構騒々しい。つぶやくような紺野の声は、そのエンジン音にかき消されて、ほとんど聞き取れなかった。
「は? 何? なんつったんだ?」
寺崎が不機嫌そうに聞き返してきたので、紺野は先ほどよりいくぶん大きい声で、もう一度先ほどのセリフを繰り返した。
「……しなくちゃいけないんです」
「え? 何がいけないんだ? おまえさ、もうちょっと大きい声出せねえのかよ」
寺崎にどやされて、紺野はむっとしたように黙り込んだが、大きく息を吸い込むと、ほとんど怒鳴るように声を張り上げた。
「お別れなんです!」
寺崎も、玲璃も、目を丸くして固まった。
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