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紺野はいくぶん息を切らしながら再び目線をそらすと、先刻の言葉をもう一度繰り返した。
「皆さんと、お別れしなくちゃいけないんです」
「は? ……え、いや、ちょっと待て、紺野」
思考がようやく回り始めたのか、寺崎がたどたどしく口を開く。
「何を言い出すかと思ったら……なんだよ、そのお別れって。おまえ、これからどっかに行くとかいうのかよ」
紺野は硬い表情でうなずいた。
「この旅行が終わったら、僕はその足で千葉に向かいます。もう、順平さんの所にももどりません」
「……千葉?」
寺崎が聞き返すと、紺野はようやく少しだけ顔を上げた。
「仕事を、順平さんに紹介していただいたんです。高校中退でも雇っていただけるとのことで、即決しました。明日から勤務する予定なんです」
寺崎は口をポカンと開けて、言葉もなく紺野を見つめていた。
「……え? それじゃ……何か? おまえ、高校は……」
「退学します」
さらりと答えると、紺野はきらめく湖面に目を向けた。
「退学届けは、もう提出しました。終業式の日に……」
寺崎も玲璃も、あまりに突然のことで、何を言えばいいのか分からなかった。困惑しきった表情で黙り込んでいる二人に、紺野は頭を下げた。
「すみませんでした、急で……。勤務開始日をそこにするしかなかったんです。でも、旅行だけはどうしても行きたかったので、こんな形になってしまって」
そう言うと、口元に寂しげな笑みを浮かべる。
「言おう言おうと思っていたんですが、なかなか言い出せなくて。挙動不審だったみたいですね。すみません」
寺崎は、両の拳を爪が食い込むほど握りしめた。開きかけた唇が、言葉を探すように震える。
「……どうしてなんだ?」
ようやく絞り出したその声は、かすれて裏返っていた。
「どうして行かなくちゃいけねえんだ? やっとこれから普通に暮らせるようになったってのに。なんでおまえが行かなくちゃならねえんだよ!」
エンジン音が騒々しい甲板上に、寺崎の怒声が響き渡る。何人かの観光客が、いぶかしげに寺崎を見やった。
紺野は答えなかった。心持ち目を伏せ、じっと足元を見つめている。
と、それまで黙っていた玲璃が、ぽつりと口を開いた。
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