最終章

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 うつむく玲璃の目のあたりから、ぽたぽたと涙が滴り落ちる。  寺崎は両手を固く握りしめ、しばらくは何も言わなかったが、ややあって、震える唇の隙間から、かすれた声を絞り出した。 「……だから、姿を消そうってのか」  紺野は目線を落としたまま、無言でうなずいた。  寺崎は、先刻から握りしめていた拳に、さらにぐっと力を込める。 「寺崎⁉」  玲璃が息をのんだのと、その拳がうなりを上げて空を切ったのは同時だった。  紺野ははっとする間もなく殴り飛ばされていた。一切手加減していなかったのだろう。反射的にシールドを張ったにも関わらず、紺野は三メートルほどすっ飛ばされて船体に背中から激突した。周囲にいた観光客から悲鳴が上がる。 「俺をバカにしてんのか!」  船体に背中をもたれ、口元の血を拭いながら、紺野はそう叫んだ寺崎を見上げた。 「おまえを選ぶにしろ、俺を選ぶにしろ、決めんのは玲だ! 何で逃げるんだ? 正々堂々と勝負したらいいじゃねえか! 俺は受けて立つし、その上で玲を振り向かせる自信もある!」  紺野は甲板に両手をつき、うつむいた。まるで土下座でもしているかのような格好だった。 「……あなたには理解できなくて当然です」  寺崎はその言葉にぴくりと眉を上げた。  紺野は顔を上げず、振り絞るように続けた。 「選ぶも、選ばないもないんです。その血が覚醒すれば、無意識に引き寄せられてしまう。……たぶん、そういうものなんです。たとえ魁然さんの気持ちが寺崎さんに傾いていても、ひとたびその血が目覚めれば、恐らく彼女は僕に引き寄せられてしまう。これは、普通の恋愛感情で説明がつくものじゃない。本当に遺伝子レベルの、どうしようもないものなんです」  寺崎は紺野をにらみ付けながら、忌々しそうに吐き捨てた。 「そんなに引き寄せ合うものなんだったら、素直に一緒になればいいじゃねえか。俺に気をつかって身を引くみたいなマネをしなくたって……」 「そういう訳じゃないんです」  紺野は顔を上げると、まっすぐに寺崎を見つめた。 「僕が消えるのは、僕自身のためです。僕は、裕子以外の人間とそういう関係になるつもりはない。でも、もしこのままここにいて、魁然さんに引き寄せられてしまったら……僕は多分、抗えない」  言葉を切ると、ちらりと寺崎の背後にたたずむ玲璃を見やる。 「幸い、今ならまだ、魁然さんも僕も強く引き寄せ合ってはいない。今がギリギリなんです。本当はあの時、全てのカタがついて寺崎さんの家を出た時、僕は消えようと思った。でも、順平さんがその後の生活を心配して、勤務先や住む場所を決めてからにした方がいいとおっしゃって……それで、一学期の終了するこの時期に合わせたんです」
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