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紺野の言葉を聞きながら、玲璃はずっと涙を落とし続けていた。あの病院で、紺野と向かい合って話したあの時に、紺野の気持ちは分かっていた。紺野が愛するのは裕子ただ一人なのだ。その揺るぎない愛情に、玲璃は裕子が少し羨ましいような気さえしていた。
紺野はよろよろと立ち上がると、観光客らが固唾をのんで見守る中、寺崎にゆっくりと歩み寄った。
「本当にすみません。いくらでも殴ってください」
居住まいを正すと、頭を下げる。
「それで許していただけるんでしたら、いくらでも……」
「許せねえよ」
吐き捨てるようなその言葉に、今までとは違う感情が含まれている気がして、紺野は顔を上げて寺崎を見た。
寺崎は日差しを受けて輝く湖面を見つめながら、自嘲気味に笑っていた。
「俺はいつも、おまえの役にたてねえな。どうにかしてやりてえって気持ちはすげえあるのに……結局、俺にはどうしようもないことばっかりなんだ。今回だって、俺にはどうすることもできねえ。おまえの血を全部抜いて、俺のととっかえる訳にもいかねえし」
深いため息をつくと、うつむいて奥歯をかみしめる。
「結局、最後の最後まで、俺は役立たずのまんまだった。俺は、自分が許せねえ。役立たずの自分が、許せねえんだ!」
「そんなことはありません!」
紺野の叫びが、エンジン音の響く甲板にこだました。
寺崎も、玲璃も、そして周囲を取り囲むやじ馬たちも、甲板の真ん中にたたずむ少年に注目し、その動向を息を詰めて見守る。
「僕はあなたと出会えて、本当に幸せだった」
紺野は足元に目線を落とすと、つぶやくように語り始めた。
「四月のあの日、寺崎さんに会ってから……僕はずっと幸せでした。本当にいろいろなことがありましたが、……」
声を震わせながら、途切れ途切れに言葉を継ぐ。
「あなたに素性がばれた時、僕は許してもらえるとは思っていなかった。でもあなたは、僕を許してくれた。それどころか、いろいろな場面で僕を助けてくれた。その一つ一つが、僕は本当に嬉しくて……」
こみ上げる嗚咽を抑えきれず、呼吸を整えるように言葉を切る。
「高校も、本当に楽しかった。十六年前、初めて高校に通ったあの時より、はるかに。僕は寺崎さんに出会って、友だちと呼べる存在を初めて得ることができた。それは本当に僕にとって、何事にも代えがたい出来事でした」
紺野は涙にぬれた顔を上げると、まっすぐに寺崎を見つめた。
「本当にありがとう、寺崎さん」
「紺野……」
「あなたに会えたおかげで、僕はきっと、これからも生きていける。どんな状況に陥ったとしても、もう二度とこんなことはしない。それだけは、はっきりと言い切れます」
そっと自分の腕を押さえると、紺野は少しだけ笑った。泣き笑いのような表情だった。
「だから、役立たずだなんて言わないでください」
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