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 寄せては返す波のように私たち二人の気持ちは常に逆位相でありながらも、気付けば私たちは付き合って三年が経ち、大学二年生になっていた。  二人とも地元の同じ大学に通ったので高校生の時と何ら生活に変化はない。  その頃には二人の温度差をあまり感じなくなってきた。きっとお互いに温度波の振り幅が小さくなってきたのだろう。  燃え上がることも落ち込むこともそうそうなく、良く言えば安定した、悪く言えば物足りない日常が続いていた。  孝介が「東京に行く」と言い出したのはそんな時だ。 「俺、大学卒業したら東京に行こうと思ってる」  大学の近くのカウンターしかない小さなラーメン屋で、隣に座る彼は言った。  私は箸を持ち上げたまま静止する。宙に浮いた麺の先端からスープの雫が一滴、半分に割られた煮卵の黄身に落ちた。 「どうして?」 「人がたくさんいるから」  背脂で唇を光らせながら「人の数だけ夢がある」と彼は言った。少し興奮気味に開かれたその瞳には煌びやかな都会の街並みが映っているのかもしれない。  ――東京は、遠い。  交通の便が良いとは言えないこの町からはバスと電車、新幹線を使ってもかなり時間がかかる。朝に出ても着く頃には夕方近くになってしまうだろう。気軽に行ける距離じゃない。  ああ、彼は手の届かないところに行ってしまうのか。漠然と彼はいつも近くにいるものだと思っていた。  私は隣の彼に左手を伸ばしてみる。  今みたいに、すぐ触れられる距離にいてくれると思っていたのに。 「孝介」 「ん?」  持ち上げた麺を一気に吸い込む。  私の心が、久しぶりに燃え上がったのを感じた。 「私も行く」
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