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 私たちは大学卒業後、東京の企業に就職した。  孝介は食品会社の営業マン、私は雑誌のエディトリアルデザイナーとして働き始めた。  人と夢で溢れた首都、東京。  そこでの日々は、その華やかな謡い文句とはかけ離れた過酷なものだった。  忙殺、という言葉を思い知る。  朝の八時から仕事を始め、終わるのはいつも終電間近だ。人手が足りていないらしい。東京にはこんなに人がいるのにどうして、と思う暇も無かった。  帰ったら適当な惣菜を胃に詰め込み、シャワーを浴びて眠る。起きたら着替えて会社に行く。  今日もまるで昨日の続きのように会社にいて、連続した日々の中で曜日感覚すら曖昧になる。休日は平日の疲れを取るためだけに消費され、それでも完全に回復しないままに月曜日を迎える。  ただひたすら、それの繰り返し。  私の人生は東京に殺されていた。  孝介ともしばらく会っていない。  連絡は来ていたが、返していない気がする。それが今朝だったか三日前だったのかもよくわからない。彼のことを考える余裕は無くなっていた。  もうダメだろうな、と私は気怠さの抜けない頭で思う。きっと孝介も同じ気持ちだろう。  私は最終電車の吊り革に掴まりながらスマホで文字を打った。 「私たち、付き合ってる意味あるのかな?」  卑怯だ。  なんて卑怯な疑問文だろう。  こちらの気持ちを知らせておきながら、相手に答えを出させようとする。  送信ボタンを押そうとして直前で止まる。  この文章を送ってしまえば私たちは別れることになるだろう。  それが悲しいのかどうか、もうわからなかった。今もどうせ会えていないし、きっと何も変わらないんじゃないかなって思う。  私は親指で送信ボタンに触る。  軽く触れただけで、一瞬で届けてしまう利便さが、私に言葉の重みを感じさせなかった。
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