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Kindness
「や、いや、ぁ...んんっ!いいたく、ない...っあ!」
あれから10分ほど経過した。俺と慶介の攻防は未だに続いていて、しかも彼はまったく飽きる様子がない。
...もう本当に、勘弁してほしい。前は既に張り詰めていて苦しいし、何よりお腹の中が疼いて仕方ない。
「ほら、りっつん?言いなよ、楽にしたげるからさ」
大学やバーで会ったときとは違う、欲情した瞳に妖艶な笑み。そんな表情を見ると、なんだか胸が締め付けられるような気持ちがした。
そうやって誰かが自分を求めてくれるのは嬉しい。だけど、言いたくない。こういうのはよく頼まれるが、初めて犯されたあのとき、あの男が強いたそれの苦痛を思い出してしまうため本当はあまり好きではない。
セックスにだって良い悪いはある。たとえ気持ちよくても合意の上でも、それが本当に好ましいものなのか、両者共によく考えてシないと、結果的に誰かが傷つくことになってしまう。それは精神的にも、身体的にも言えることだ。
この人なら、もしかして「いやだ」をちゃんと「嫌だ」って受け取ってくれるかも、そう期待した。何故なのかはわからない。ただ、今日初めて目が合ったあのとき、直感で自分と同類のそれを感じたことは否めない。
けれど彼は、執拗に俺の“オネダリ”を求めてくる。
この人も他の男と何ら変わりないのか。それなら、そんなことなら...
あれ、俺なんでここにいるんだろう。なんでこんなことしてるんだろう。
そう思うのに、熱をもった身体は取るに足らないような小さな快感さえ受け取って、更に昂っていく。もう、自分でも自分がよくわからない。相対し渦巻く熱い欲望と冷えきった理性。もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
___もう、いやだ。
「......どうして泣いてるの」
彼の唐突なその問いに、俺は眉をひそめた。
「...泣いて、ないけど」
だって実際、泣いてない。涙なんて一滴も溢れていない。そう言うが(声が若干掠れてしまった)、彼は首を振った。
「泣いてるでしょ、分かるよ。涙流してなくても泣いてる」
そして彼は、暫くの沈黙の後に俺の上から退いた。
「っ、なんで、」
「そんな表情した子、抱けるわけないでしょー?りっつんさ、ほんとはこんなこと、したくないんじゃないの」
彼があまりにも優しい顔で、声音で、ゆっくりとそう告げるものだから。
一瞬、顔がくしゃりと歪んだ。
「っ、」
俺が言葉に詰まると、今度は優しく抱き締められた。ふわりと香るのは、甘い香水の匂い。その香りは、まるでこの人をそのまま体現しているようで。それだけで酷く満たされたような心地がした。
涙が一筋、俺の頬を伝う。
ああ、俺は、これがほしかったのか。ただ抱き締められるだけで、それだけでよかったんだ。セックスなんて必要なかった。たったこれだけのことで、こんなにも満たされるのに。もっと早く気づいていれば、俺が壊れてしまうことも、大切な人を失うこともなかったのだろうか。
一度緩んだ涙腺からは、久しく泣いたためか次々と雫が溢れ出し、俺は嗚咽と共に彼の胸に顔を押しつけ涕泣してしまう。
彼はそれを受け止め、座って俺を膝の上に載せてあやすように頭を撫でてくるから堪らない。余計に涙が溢れてきてしまう。それを止めようと必死に唇を噛むが、それを彼に制された。
「いーよ。何があったのか俺は知らないし、言いたくないなら言わなくてもいい。けど俺は、りっつんの味方だから。だいじょーぶ、泣いていーよ」
そう言って、またぎゅっと抱擁を強められる。
久方ぶりに人の優しさに触れてしまった俺は、胸がいっぱいになって、苦しくて。時々過呼吸みたいになりながら、彼に縋って暫くそうして泣いていた。
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