Footsteps

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Footsteps

- ザーーーーーーーーー -  ふわり、意識が浮上した。  雑音(ノイズ)に混じって聞こえる降りしきる雨の音。  俺は今、革張りのソファに寝かされているようだ。...やっぱりか。これでここがどこだか、大方検討はつく。  何か夢を見た気がしたが、覚えていない。いや、それは夢なんていういいものじゃないんだろう、きっと。それなら、忘れてしまった方が俺得だ。  目が覚めてから、何やらいやに頭に薄く靄がかかったような不愉快な気持ちがする。  と。 タン、タン、タン、タン、タン...  瞼は閉じたままで耳を澄ます。これは...靴下の足音だ。遠くで響いていたはずの小気味いいそれは、いつの間にかすぐそこまで迫っていた。 「起きたか?...起きたようだな。いつまでも寝たフリしてないでさっさと起きろ。」  不躾に、しかし気品ある如何にも紳士といった居ずまいで俺に言う男。これで危険性も敵であることもないという確証を得られたので、俺は目を開いて起き上がり、ソファに座り直した。  彼はジャケットのボタンを外しながら、俺の横たわるソファを通りすぎてお洒落なデスクチェアに腰を下ろしたところだった。  ここは俺の相談相手、甲斐理仁(かいりひと)の舎宅だ。  この人は、自由が丘にあるローファームのシニアパートナーで、日本有数の弁護士だ。年齢を教えてもらったことはないが、恐らく40半ばかそれくらいだろう。俺の良き相談相手であり、師のような存在、そして親代わりでもある。  それならこの雨はただの雨か。どうやら安心していいようだ。  それにしても、相変わらずいい家に住んでいるものだ。だが前に来たときより広い。間取りも内装も変わっている。そういえば先日連絡をとったときに、新しいマンションを買ったと言っていた気がする。  さて、やれやれといった身ぶりをしながらよいしょと立ち上がる。身だしなみを整えながら、彼を見据え、目を細めて尋ねる。 「何の用です?...もしかして、有益な情報でも手に入ったとか?」  少し皮肉っぽく言うと、首を左右に傾げて曖昧に誤魔化された。それに、はぁとため息を返す。 「甲斐先生、俺だって暇じゃないんですよ?用もないのに呼び出さ...ああ違った、拐わないでもらえますか?」  “拐う”を強調してさらりと言い放つ。だが甲斐先生は動じることなく余裕綽々としている。 「それは理解してるよ。今日も“お友達”と重要で清いお約束があるんだろ?」  なんで知っているんだ、なんて疑問は持つだけ無駄か。この人の人脈と情報源には信頼できるものがあるからな。  俺はうっと言葉に詰まり、それは、と続ける。 「しょうがないじゃないですか、俺にとってのストレス発散方法ってそれくらいしかないんですよ。俺からセックスを奪ったら、俺はきっと持たなくなりますね。自信があります。...甲斐先生にだって趣味のひとつくらいあるでしょ?それと同じですよ」 「俺には趣味なんてないよ」  飄々と俺を見上げてそう言うので、またまた、と笑い飛ばす。  すると彼はしたり顔で言うのだ、 「俺だって__」 「暇じゃあないからな?」  ...俺の人生で良くも悪くもここまで俺にため息を吐かせた人が、他にいただろうか......
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