身 辺 調 査

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「夫が浮気をはじめました」  よくある調査が俺のもとに舞いこんだ。いつもと違うところは、客がどえらい美人で、見るからに金持ちそうだということだ。 「この女と、夫がホテルから出て来たところをおさえてほしいの」 「浮気はまちがいないのですか?」  マダムの白く細いあごが、ゆっくりと首すじによった。 「だとすれば、ご自分で問い詰めたほうがいいのでは?」  探偵の調査費は決して安くない。しかも俺の仕事は、そんじょそこらの探偵とはレベルがちがう。いただくものも、段違いだ。  喫茶店のテーブルに若い女の写真がすべった。かくし撮りの荒れた画像でも、十分に美しいことがわかる。二十歳をいくらか出た年ごろか。 「この女性は?」 「うちの人が経営する会社の社員よ。前に雇った探偵は、この写真を撮るのが精いっぱいだった。腕利きと噂のあなたに、改めて依頼するのよ」 「つきとめたとして、どうするおつもりですか?」  ふふん。  口のはしだけを曲げてマダムは笑う。意地の悪い笑みだが、美人の笑みはさまになるから手に負えない。切れ長の勝ち気な目があやしく光る。男なら、ころりと騙される。  依頼人の夫は、ここ数年で急成長した会社のオーナーだ。  離婚ともなれば、さぞかし慰謝料をふんだくれることだろう。財産分与の金で、一生遊んで暮らせることは容易に想像できた。 「そうね、期間は一カ月。延長が必要なら言ってください。この女とうちの人との関係をきっちりとつきとめて。前金として、こちらを」  分厚い封筒が机の上で重い音をたてた。これが全部万札だとすると、一体いくら入ってるんだ。    オレは調べに調べた。他の仕事はすべて断り、マダムからの依頼に専念した。  あれだけの前金を惜し気もなく出す客だ。誠意は示さなければならない。凄腕探偵のプライドにかけて、ありとあらゆるコネを使い、労力を惜しまず調べ尽くした。  その結果、マダムの期待にはそえないことが判明した。  夫があの女に好意を寄せているのは事実だが、女のほうがまったく相手にしていないのだ。  オレが今つまんでいるのは、跳ね上がった目じりで男をにらみつける女の写真だ。肩を抱こうとした男の手を、払いのけた直後のものだ。  このとき、女は大声だった。盗み撮りをしていたオレの耳にも入るぐらいの。 「いいかげんにしてください。いくら社長だからって、べたべた触らないで」  会社での飲み会を終え、店から出たときだ。まわりにいた他の社員たちは凍りついていた。  なんと気の強い女だ。社長に、まっ正面からノーをたたきつけるとは。  調査の過程でわかったのは、この女が天涯孤独で、そういった施設の出身だということ。  そして今、経済誌をにぎわす伸び盛りの会社に採用されるほど、優秀だということ。卒業大学の名を目にしたときは、仰天した。  社内外の評判も上々。不遇な身を知ったうえで、女に縁談を打診する得意先がいくつもあった。  これらを包みかくさず、妻である依頼人に伝えた。  夫の不貞をネタに離婚を目論んだマダムには気の毒な結果となったが、嘘を報告するわけにもいかない。夫が浮気をはじめたというのは、妻の思いこみだったのだ。  だのに、マダムは顔に笑みをうかべていた。しかも、満足そうな。 「これは、残りの調査費用です」  差し出された封筒は、前金の三倍はあろうかという厚みだった。 * * *  うちの人の女グセが悪いのは百も承知。英雄色を好む、だなんて自分で言ってバカみたい。  でもそのおかげで、わたしは水商売から妻の座を手にすることができた。バカにしたらバチが当たるわね。  よかったわ。わたしみたいな、男に頼らなければ生きていけない女になっていなくて。  あなたのことを忘れたことはなかったのよ。いつも遠くから見ていた。  こんなことを言っても、許してもらえないことはわかっています。  でも、謝らせてください。ごめんなさい。本当にごめんなさい。  離婚されるのがこわくて、名乗り出る勇気のない母親で。
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